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ジレンマとアナロジー

イノベーションのジレンマに関して,宮川さんが 分かりやすいたとえをしていた.

PS3を出したとき,SCEは「高級料理店での食事」と称した そうだ.つまり,食事を取るという同じ目的でも店は たくさんある,PS3は高級料理店で食事を取るようなもので あると.PS3はそもそも高級料理を求める人に向けた 商品だということで,高級料理を食べたい人はぜひ買ってねと いう指向だった.

で,結果どうなったかというと,僕らは大戸屋でいいよと いうことで,Wiiに流れた.当たり前の話だ. 多くの普通の人は,食事ができるなら安くて十分ということ. (ちなみに,大戸屋ですら高いと感じる僕のような貧乏人は Wiiにも手が出ないという悲しい存在なのです)

ところで,どうしてPS3は大失敗になったのに,高級料理店は 生き残っているのだろう?

食事の場合,何となく良いものが食べたいと思うことがある. その時はお金を払えばいいものが食べれる.お金に比例して, 質が大体あがる.それは材料費が高いほど大抵おいしくなる からだ.

ゲームの場合には,必ずしもそうとは限らない.材料費に あたる開発費が高ければ高いほどゲームがおもしろく なるかというとそうではない.例えば,現在の開発費の 多くはグラフィックに費やされている.ハードの性能が 上がるほど,グラフィックの開発費は上昇する.しかし, グラフィックがきれいになること=おもしろくなること ではない.ゲームを買うときに人が思うのは,”きれいな” ゲームよりも”おもしろい”ゲームが欲しいということだった ということだ.

ここまで書いてみて,料理店のアナロジーをゲームに 当てはめるのは無理があるなと思った.

ゲームのハードにあたるものを,SCEは”料理店”だと 言っている.でも,料理店の場合,ハードとソフトは 1to1の対応だ.叙々苑で牛角の焼肉を食べることは できない.僕はハードに当たるのは”人間”ではないかと 思う.その時は料理店と料理を合わせたパッケージがソフトに あたるのだが,結局この場合も食べるハードが個人と1to1 なので結局変わらない.要は,料理店モデルではソフトと ハードが区別できないと考えた方がいい.

そうすると,そもそもハードは変えることが できないし,ソフトである食事とそのパッケージと しての店というハコでみんな勝負するから, 当然お金をかければおいしくなる.つまりSCEはPS3を 料理店だと例えた時点ですでにミスってたんじゃないかなぁ と思ってしまう.

頭のいい人はしょっちゅうアナロジーで物事を考える. つまり,ある分野でのモデルを他の分野に当てはめることで 解析や予測を行う.例えば,人間を考えるのは難しいから, コンピュータのアナロジーで考える.脳はCPU兼メモリ であり,CPUからの指令でモータ=筋肉を制御したり カメラ=視覚からの情報をCPUに送ったりしていると 考える.

確かにアナロジーは,複雑すぎて考えることのできない 対象を考えやすくするのには有効だと思う.だが, 簡単にするということは,やはり何か情報を落として しまっているということになる.人間はコンピュータか?

正しいアナロジーを当てはめることができれば非常に すばらしい解析や予測ができるかもしれないが, PS3の様にミスった時には大失敗をする.

しかも,アナロジーで説明されると一見正しいように 聴こえてしまうところが問題だ.人がアナロジーを用いて 説明するときには,そもそもその当てはめている前提が 正しいのかをチェックしないと,だまされることにもなる.

アナロジーは物事を考えやすくするが,同時に大事な モノを見落としやすくもする.注意しましょうと自省の 念を込めて….

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