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「なぜ勉強するのか?」読了

  • 2007-09-20 (木) 5:31
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最近ずっと思ってることのひとつの答えがあるかもと思って読んでみた。 というか、実は半年くらい前にすでに購入していたのだが、読む暇が なくて、やっと読めたという感じ。

勉強する意味は「理解力」「想像力」「表現力」を身に着けること。 高校までの勉強でこれらの下地を作り、大学ではこの力を発揮させて いっきに爆発的にたくさんのことを学ぶというのが著者の考える勉強の意味。 これに照らし合わせると、僕の場合、大学までかけてこの3つの力を 鍛えるつもりでいた。あぁ、このミスは痛いかもしれない。 文系ならまだしも、理系の大学院ではたくさんのことを学ばせてはくれない。 結局は自分の専門の研究が第一であり、それを完成させることが 目標である。寄り道としてたくさんのことを学ばせてくれるような余裕はない。 やろうとすると、僕みたいに専攻の内容は無視して、横道に行くか、 研究の内容とからめてやるしかない。全く無関係のことを並行してやれるほど 精神的余裕はあたえられない。

確かに学部だったら可能だったよねぇ。その時間は全て柔道に費してしまったので 残念ながらできなかった。大学も高校とおんなじじゃんと、ずっと感じていたのは 勉強のせいではなく、自分の取り組み方が高校と変わっていなかったということか。

3つの力に関して言えば、僕は「理解力」には相当に自信がある。人より 広い分野を人より早く理解・吸収することができると自負している。 でも、「想像力」に関してはちょっと弱い。理解したことから新しいことを 思いつくことはできるけど、割と荒唐無稽だったり、非現実的だったり、 そうかと思えば没個性的なことしか思いつかなかったりで、 いまいちひらめきが足りない。さらに「表現力」は最低最悪だと思う。 対話もできないし、芸術での表現もできない。唯一、書き言葉に関しては こうやって書いているくらいだから、多少自信はあるが、練りに練った 文章が書けるかと言われれば、激しく経験が足りない。

そのほか、日本人的な問題点なども興味深い。僕は結局典型的な 日本人だったということか。あーあ、そうじゃないつもりでいたのに ベクトル間違えてた。もー、完全に女性的だもんねぇ。 相対主義に逃げ込むことはいいことではない。確かにその通りだ。 結局、相対主義、人間色々みたいなことは方便でしかない。 その場をごまかすための、ただの言い訳。それをかっこよく言ってるだけで 本質は何も解決していない。これは薄々勘づいていた。だから、 とりあえずブログではなるべく断定的に言おうと思っているけど、あんまりできてないな。

というわけで、全体として恐ろしいほどに今の自分の疑問に対する回答を 投げかけてくれる本でした。悩む人にはおすすめ。著者は大学でいい先生に 出会えてていいなぁ。僕は結局学ぶ姿勢について尊敬できる先生には出会うことは できなかった。だからこそ、最終的には教師になりたいとも思っているのかもしれない。

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