今日、秋葉のブックマートをふらふらしていたら、「アニメビジネスがわかる」という 本を見つけたので、即購入して読みきった。
前半はアニメ産業の具体的なお金の額を著者なりに検討した内容になっている。 アニメ業界は中小企業、つまり株式公開していない企業が多く、ビジネスとして 数字を読み解くことが非常に困難となっている。その点において、このような試みは 僕みたいなアニメ初学者にはとても参考になる。市場規模ってのがこんなもんなのかと 分かるわけですね。
後半ではアニメ産業の発展の秘密や問題点、今後の展望などを、実際に業界にいる著者の目線から 解説している。特に問題点においては、僕も共通に感じているものも多くて、自分の認識が 間違ってはいなかったなと思えてよかった。もちろん、初めてみる切り口も多くて、大いに 参考になる本でした。
さて、この本を読んでいて一つひっかかったのが、3Dアニメに関する点だ。3Dアニメというのは、 ピクサーやドリームワークスなどのスタジオが作っている、3Dモデルのみを利用した アニメーションのことだ。トイストーリーやシュレックなどのこと。対して、日本のアニメは伝統的に 2Dアニメ。つまり、人間が手を使って描いた絵が動くというアナログ作業が原則である。 上の本の中で、2Dが3Dにとって変わるのかという話があった。もしも3Dの方が制作費が安くなれば そちらにシフトするだろうという読みもあった。その辺についてちょっと一考。
正直、僕も少し前までは3Dのモデルを使って、仮想的な空間の中で簡単にストーリーテラーが できたらいいなぁと思っていたし、トゥーンシェーディングの様な技術が発展すれば3Dモデルから 2Dと見紛うアニメを作ることは技術的には可能だろうと思っていた。だから、CGの分野で こういった技術をどんどん発展させて、より簡単にアニメを作れる様になるはずだと思っていた。
実際、アメリカではピクサーが成功したように完全に3Dアニメにシフトしてしまった。 これは、2Dが完全に失速したこともあったが、3Dならではの利点にもよる。 一度モデリングしてしまえば、カットによってキャラを描く必要はなく、最高の使いまわしが できる。さらに、作業工程が最初からデジタルなので、すべてコンピュータで行うことが できる。モデラとモーションをつける人は完全に別々の作業をすることができるし、 後からの修正も容易で、この辺は分業大好きなアメリカにはもってこいなのだろう。
でも、コンテンツの勉強をはじめて、アニメを実際に作っている方々とお話しする機会を得て、 そして新海誠とうい才能に触れて、少し考えが変わった。完全に3Dアニメに置き換わるということを 音楽で例えてみると、作曲家が作った楽譜をコンピュータに演奏させて販売するということになる。 これだったら、今の技術力でも十分可能だ。歌にしたって、今話題の初音ミクの様なものが 発展すれば5年の内には可能なレベルだろう。なのに、これが標準になることは今のところないと思う。 これってどういうことだろうと考えてみると、やっぱり生の人間が演奏したり歌ったりすることに 意味があるということなんじゃないか。クラシックのコンサートに行ったのに、ステージにはコンピュータが 置いてあって、スピーカーから一流演奏者の様に演奏された曲が流れてきて、はたして感動するだろうか。
結局、アニメもこれと同じだと思う。人間が手で描いた絵だからこそ、人を引きつけるものがあるはず。 歌声や演奏と同じ様に、アニメの絵を描く能力も、人間だからこそ得られた才能なのであり、 才能をみせつけられた時、人はただただ圧倒されて感動するのである。僕の実体験で言えば、 モネの絵を見た時と新海さんのアニメを見たときの感動はこれに相当する。考えることなく、感動した。 まだ音楽ではこういう体験はしていないが、これはライブに行ったことがないからでしょう。
もしも、この先50年も経って、実物のモデリングは写真を撮るだけでできたり、キャラクタのモデリングも マンガの絵から自動的にできたりするようになって、3Dモデルのアニメーションを作って、 2Dアニメと遜色ないレンダリングができる技術ができたとしても、今の2Dの精神は生きつづけると思う。 例えば、アニメの絵はかなりの嘘をついているけど、3Dで作るようになったとしてもそういう見せ方は 変わらないと思う。これを言うとなんだ3Dにとって変わられるのかということになるのかも知れないが、 あくまで今の2Dの手法の代替としての3Dならば可能性としてありうるというだけ。
さっき考えついてきたことだから、あんまりまとめられなかった。ともかく、ピクサーの映画と新海さんの 映画を見比べて、どちらの方が感動すると言われた時、あなたならどう思いますかと多くの人に 問いかけて答えを見つけていきたい。もちろんかかっているお金も、人員も圧倒的にピクサーの 方が高レベルだが、僕は新海さんの作品に比べればピクサーの映像は感動を呼ばないと 思っている。もちろん、ピクサーの映像だってただのコンピュータオタクが作った自動生成みたいな 映像ではなく、ジョン・ラセターといった映像作家がいてこその映像だということは分かっているが、 それでも新海さんが描く2.5Dの世界の方が感動をよべるのではないかと、極最近になって思うようになった。 少なくとも、今後10年は2.5Dの発展の時期だと思っています。その先、3Dに移行するのかどうかは、 3D技術の進歩にのみ依存する様な気がします。コンピュータはどこまで行っても所詮0と1。 今のアニメやCDだってデータ自体は0と1。なのにアナログにこだわるのは、まだまだコンピュータの 技術が低いからなのか、それとも本質的に0の1世界とアナログの世界は相容れないのか。 この辺もずーっと気になっている点であり、今の僕のスタンスは後者であるということで終わりにします。
僕の意見はともかく、「アニメビジネスがわかる」という本は必読です。特に、 最後の方の問題点とソフトパワーに関する項目は非常に示唆に富むものです。やっぱり 早くから職能をつけるような教育制度は必要ですね。僕みたいなあぶれものが出てくるのを 防がないと。問題は多方面に渡るのだから、多方面的な解決が必要なのだ。
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