ふぅむ。ゼミの方で企画を練っているのですが、自分の頭の固さを感じます。 結局のところ自分の企画を通すという根本から離れられない・・・。 結果的にみんなで話して、自分の考える方向とはちょっとずれた 方向で再度まとめるということになりましたが、うーむ、不満。 こんなんじゃダメなのは分かってる。自分がいつも正しいなんてことは ない。人の意見を聞いていこうって気持ちを切り替えたばかりなのに・・・。 でも、中々自分の殻の中から出られない。自分の子どもしか可愛く見えない。 最悪ですね、プロデューサとしては。
でも、個人的には誰かが心からいいと思うモノは他人が何と言っても 変わらないモノだと思うんですよ。だから、それで押し通せばいいと。 妥協するのとどっちがいいんだろうとか考えもするけど、それすらが間違いで、 どっちがいいんじゃなくて、押し通すところと妥協するところの 「バランス感覚」が多分重要なんだろう。
その意味で行くと、方向性にずれを生じさせるのは僕としては妥協できないけどなぁ。 僕はとても真剣にこの企画を実現したいと思っている。(今は無いけど) 私財をなげうってでもさ。まぁ、この企画自体はここで実現する必要もないので、しっかり 自分で温めておくとしよう。とか言って、パクられたりしても別に凹みませんけどね。 ともかく早く形になってくれることが一番。僕がこれをやりきるには やっぱり現場を見ないとダメだし、もっと経験と実力を積まないとダメだ。 この企画だけで食べて行く気もしないし、他にやりたいことはたくさん 山の様にある。だったらそれらをなるべく実現できる方向へ自分を 持っていく必要がある。たった一つの企画が通らなかったくらいで 凹んでいては前に進めない。まだ自分に力が足りなかったということだ。
そういう部分で、ジョブズやはてなの近藤さんはすごいなぁと思う。 自分の思ったことを文字どおり「すぐに」形にしてしまう、させてしまう カリスマ的能力がある。いいなぁ。どんな才能よりも、一番欲しい才能だったなぁ。 「カリスマ性」っていうのは後天的には取得不能だと思う。やっぱり カリスマ的な人って小さい頃からそうだし、僕みたいな人は そういう人にただただ嫉妬するしかできない。逆立ちしたってカリスマ性は 身につかない。悲しすぎる。でも無理だ。これが僕の今の行動論理の 原点。カリスマ性がかけらも無い人間が「プロデュース」するにはどうすれば いいのか。極論としては、実績しかないと思う。今現在、実績が ゼロどころかマイナスにある僕が、どれだけすばらしい企画を 述べた所で誰も見向きはしない。これがカリスマだと違うんだな。 なぜか人がついてくる。ジョブズの様に僕が演説してアピールしても ダメだ。あれはジョブズだからみんな夢を見られる。もうそこは人種が違う。
だったらやっぱり何か実績が必要。実績にカリスマ性を持たせる。 そうすると当然問題になるのが「最初はどうするんだよ」ということ。 実績がないと仕事ができないのであれば、実績を得られない。この スパイラルをどこかで断ち切る必要がある。うまく人の企画に乗っかるのも 手だろう。僕がやろうとする手段は地位を手に入れること。いつもの様に テレビを選んだ理由に収斂しますが、テレビ局の人間という立場を 手に入れることで、最初の実績を掴む。それを足がかりにすれば カリスマ性の無い僕にでも何かできる自信はある。今の状態で 夢だけ語っても誰もついてきてくれない。そういう人はカリスマができない 「工夫」をしないといけない。妥協するか、無理矢理押し通すか。 何の才能も無い人間の苦悩は続く・・・。死なない程度にがんばろう・・・。
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