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コンピュータに限界はあるのか?

  • 2007-11-02 (金) 17:19
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最近は自分のことばかり書きすぎました。たまにはみんなが考えられるネタを。 今日の授業で、Digital Movie Directorというソフトを開発・プロモートされている 青木先生のお話をききました。

このソフトは、台詞を入れて簡単なカメラワークなどを指定するだけで 非常にチープではありますが、台詞付のアニメーションが作れてしまうという ソフトです。できた作品などはリンク先で見てもらえば分かると思います。

このソフトを紹介する中で、先生がおっしゃった一言がひっかかりました。それは

「人間にできることはコンピュータでもできるはず」

というものです。これは僕が理系をやめた理由にも関わってきます。 最初に僕のスタンスを言えば、「そんなことはない」というものです。 つまり、人間にしかできないことはあるというスタンス。ただ、 これを証明することも、また逆もできないのです。誰にも分からない。 だから、主張することしかできません。

さて、人間にできることはコンピュータでもできるという根拠もよく分かります。 それはちょっと前まで自分もそう思っていたから。具体的には研究室に入るまでは 現実に思っていました。今は確かに無理かもしれないけど、それはハードもソフトも 追いついていないからであって、プログラムによって人間の思考や行動も全て 記述できて、再現できると思っていました。実際、そう思っている人も多いでしょう。 でも、本当にそうだろうか。

でも、実際に最先端の話を聞いたり読んだりするうちに、疑問が湧いてきました。 今のノイマン型と呼ばれるコンピュータがやっていることはどこまでいっても、 0と1を扱っているに過ぎない。どれだけプログラムが複雑になり、ハードが ハイスペックになったところで、一番プリミティブな部分は0と1を読んでいるに 過ぎない。それを思ったときに、果たして人間の行動のプリミティブは0と1なんだろうか というのが気になった。多分、神経生理学みたいのをやっている人は、人間もそうだと 言うんだろう。コンピュータでは電圧で0と1を判別しているが、人間は 化学物質のあるなしや電流のスパイクなどで判別しているだけの違いなんだから、 本質は変わらないはずと。人間の脳の神経細胞の数だけパーセプトロンみたいなものを プログラムで準備できれば脳が再現できると。

僕もそう思っていました。でも、人間ってそんなに単純なのかな?というか、0と1で 計れてしまうような人生だったら、人間ってなんてつまらないんだろうと思ってしまった。 コンピュータで人間の能力を再現することはとても夢のある仕事だと思う人が大半だと 思うけど、僕は逆につまらないんじゃないかと思ってしまう。何で人間のできることを わざわざコンピュータでやる必要があるんだと、そのくらいラディカルになる時もある。

最初のソフトに戻ると、シナリオなどのクリエイトの部分は人間に残して、 残りの部分はコンピュータでできてしまうよねという話。僕の持論で言えば、 アクタ・アクトレスの役割はコンピュータで代替できると。アニメで言えば、 絵コンテと設定さえ作ればあとは自動でアニメができるということ。

そんな世界が楽しいのかな?アニメがどうしておもしろいかと言えば、ものすごく たくさんの人が関係していることが実は本質的なおもしろさなんじゃないかと思う。 コンピュータは何台集まったって、みんな同じだと僕は思う。人間とコンピュータは違う。

僕の昔の夢は、人の様に話すロボットを作ること。言ってしまえばアトムを作ることだった。 勉強を進めるうちに、自分が生きているうちにハードウェアがそのレベルにくることは 無いなと思えた。だから、せめて頭だけと思って、プログラムをやろうと思った。 でも、こっちも本質的に無理だと思った。確かに、科学技術は何が起こるかわからない。 二足歩行ロボットなんてちょっと前まで夢のまた夢だった。アトムが本当に できる可能性もあるとは思う。ただ、僕が生きているうちには多分無理だ。 僕はとても即物的で独占欲の強い人間だから、自分が見られないものに夢を かけるなんてできない。自分の目の前で形になるという見込みがないとやらない。 だからあきらめた。もちろん、これは僕の判断。人によってはそれを自分の力で 変える、不可能を可能に変えるのがやりたいって人がいてもいい。でも僕に それはできない。こればっかりは性分だから変わらない。

コンピュータにできて人間にできないこと、その逆、どっちでもできること。 それが一体何なのかは、時代時代によって変わっていくのだろう。それだけ はずさないようにしていれば、大きくミスをすることはない。 件のソフトウェアがものすごく進化すれば俳優はいらなくなるのか? 初音ミクが進化すれば声優はいらなくなるのか?僕はそれは無いと思う。 たとえあったとしてもそうなった世界なんて興味が無い。シャノンが発見した 情報というもの。情報がデジタルになることで、コンピュータと人間の 差は無くなった様に思える。だが、やっぱりそこには歴然とした違いがあると 僕は信じたい。そうでなければ、僕たちが生きてる意味はないよね。 アイ・ロボットの世界になって、本当に楽しいのか?

目先の利益や可能性だけで技術を磨きまくるのもいいとは思うし、僕には 絶対にできないからむしろ頑張ってほしい。ただ、それが遠い未来に どのようにつながるのかはよく吟味する必要があると思う。もちろん、 間違うこともある。でもそこを修正していけばいい。それが人間なんじゃないのか?

ということで、結局分かりにくい文章になってしまうのが僕の癖。基本的に 一発書きで推敲もしていないので、冗長です。ま、ブログということでご容赦を。 僕がこういうことを考えている横でやっているテレビのニュースは20分以上も 亀田を映すだけ。亀田が乗った飛行機をロングショットで捕らえて一体何の意味が あるんだろうか。そんなことも並列で考えながら、何もできない日々は続く。

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