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決断力

  • 2007-11-27 (火) 23:11
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梅田先生の著書にしばしば登場する、棋士の羽生善治さん。もちろん 7冠を達成した人として知ってはいたけど、「決断力」を読んで、 梅田先生が羽生さんを引き合いにだす理由がよく分かった。頭がいい。

小学校から将棋の世界に飛び込んで、それしかやってこなかった 偏った人なのかと思っていたけど、とんでもない誤解だった。 この人は世界を、人間を見つめて将棋をやっている。決断力を 読めばそのことは十分に伝わってくる。常にどの世界にも通用する 価値判断基準を持って決断をしているし、さらにそれを年齢に従って 柔軟に変更したり、それでいて芯は曲げなかったり、あぁ僕の理想とする 生き方をしている。とてもうらやましい。終盤に書いてあった、プロとアマの 境界に関する話とかはとても興味深かった。羽生さん自身はプロとして アマとは絶対に違う力を持っていて、それを発揮し続けることができるのがプロ だと説明されていた。

僕が研究という分野が自分に合ってないと思ったのは、今思い出すと、3年の時の 製図の授業の時だ。僕は機械系にいたので、一応製図の方法も学んだ。 ねじはこうやって描くとか、ここの規格はこうなっているからこの寸法だとか、 設計をする上で基礎中の基礎を勉強するわけだが、そのときに先生が、 「君たちは機械系のプロになるんだから、これくらいはきちんと勉強しよう」みたいな ことをぽろっと言っていた。それを聞いた瞬間に、僕には自分がこの分野の プロとして働いている姿が全く想像できなかった。プロとして設計をして、 プロとしてお金を貰う。そんな自分を全く描けなかったし、興味もないということに 少し勘付いた。理屈は説明できないけど、どうあがいても想像できなかった。 大体、この分野のプロというのがなんか直感的に閃かなかった。

その意味で、羽生さんが説明されたプロとアマの違いは自分としてはとても 納得のいくものだ。僕は研究という分野(文理問わず)に対しては、超一級の アマチュアでいたいんだ。プロとしてそれでお金をもらうことはできないけど、 一流のプロと互角に渡り合えるだけの教養と理解力を持って、その世界を 吸収し続けたい。そういう傍観者的な立場は大学では許されない。あくまで 大学は研究の「プロ」を養成する機関だから。やっぱりここに来るべきでは なかったんだな。

羽生さんの決断力の基準は僕にはとてもしっくりくるものだった。例えば、 年をとって記憶力が鈍って棋譜が覚えられなくなったという事実に対して、 羽生さんは覚えられなくて空いてしまった脳の容量を使えば、もっと面白い アイデアが出てくるのでは、という判断をしていた。このオプティミスティックな 発想は正に梅田先生に通じる。あの二人が懇意になるのもうなづける。 単に梅田先生が将棋好きで羽生さんと話が合うとかそういうレベルでは無い。 うらやましいお二人だ。

さて、自分は今何の決断を下さなければならないのか。羽生さんの教えを 噛み砕いて、真似をしながら実践してみて自分なりのアレンジを加えることで 自分らしい創造的な生き方をできる決断をすべきなんだなと勝手に思う今日この頃。 僕にとって、「決断力」という本は梅田先生の著作やひろゆき氏と並んで 人生学という学問の教科書になった。こういう最新の著作物を使って 生きるということを学ぶ機会を与えてくれたらよかったのに、というのは あまりにも教える側依存なんだろうか。それに気づかなければそのまま 生きればいいということなんだろうか。なかなか判断の難しい問題だ。

ま、とりあえず時間を作ることができるなら、将棋の勉強をしてみたいなと 思った次第です。今は羽生さんのおっしゃる高速道路もあるし、 もちろん僕はその渋滞を抜けようなんて思ってなくて、渋滞までたどり着ければ 万歳というレベルで構わないから、きっとできると思う。しかし、僕は 記憶力が悪いからなぁ。どうなることやら。

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