- 2007-12-05 (水) 0:01
- コラム

4日のWBSのトップで日本のコンテンツ産業の問題点とか未来みたいな 話をしてました。それを聞いて、やっぱりテレビは紋切りだなと 思ったのと、僕には僕なりの考えがあるので、WBSを横目に見ながら それを書き綴っていきます。
番組的には海外展開がこれからの鍵になるということで、 GDHの石川さんの話を中心にまとめたみたいでした。もちろん海外への 進出は大事でしょう。でも、どうもそれにこだわり過ぎている気がして なりません。
コンテンツという言葉そのものが政策的な用語なので現場でやっている 人はあまり好んで使いません。ここでは、アニメ・ゲーム・映画に限って、 つまり僕が勉強している範囲に限って言うと、コンテンツって 多分に文化に根ざした部分があると思います。何をおもしろいと 思うかは、自分の中だけに拠っている様な気もしますが、同時に 自分が育った文化にも大きく影響されると思います。
よく言われることですが、アメリカではおじさんが活躍するものが ウケて、日本では少年少女が活躍するものがヒットします。ふと 思ったのですが、アメリカにはかっこいいおじさんがいっぱいいるけど、 日本にはいないので、日本人はかっこいいおじさんの扱い方が 分からないのかも知れません。逆に少年少女に自分たちの夢を 託す考え方は日本的な気もします。アメリカ人は(いい意味ですが) 自分が大事ということかも知れません。
ともかく、自分が育った環境によって嗜好はかなり左右されると思う。 それなのに、どこでもウケる作品を作り出そうという発想自体、 ちょっと難しい気がする。これは、企画書を作るときに、対象を 「全年齢」にするのとおんなじようなことで、結局誰にもウケない ものしかできないのではないかと思います。
じゃあ売り込み方の違いなのかというと、アメリカではハリウッドが 強くて、歴史のない日本では対抗できないという話だった。でも、 僕の感覚では「なぜ同じ土俵で勝負しなければならないのか?」という 感じ。みんなハリウッドに勝つということにこだわりすぎているのでは ないのか?おんなじ土俵で巨人に勝負を挑んで負けた例っていっぱい ある気がするんですが。
僕の今の感覚では(あくまで感覚ですが)、日本人がおもしろいと思うものを 作っていくことが第一だと思います。日本人の作品を見る目は 想像以上に優れていると思います。それは欧米の指標に立てばいまいち かもしれませんが、それとは違う軸で優れていると思います。 うまく言葉で説明はできませんが、そういう感覚を抱いています (ただ、最近のテレビ番組を喜んで見ているパンピーのリテラシには 大きな疑問がありますが、それはまたの機会に)。そういう日本人が 納得できる、面白いと思えるものって、やっぱり世界でもなんだかんだで ウケているのではないでしょうか。よく日本のコンテンツの海外展開の 例として挙げられるものは、大抵日本でも人気があります。 これを海外でもウケる作品から日本でもウケると見るのか、それとも日本で ウケる作品だから海外でもウケると見るのかの違いだと思いますが、 僕は後者が多いんじゃないかと思っています。だからこそ、自分の感覚には 日本人として、それなりの自信を持つことができます。
でも、日本という市場だけではもう限界だというのが海外展開したがる 人たちの理屈です。それについても僕は疑問です。そういう人たちの 想像以上に、日本人はコンテンツにお金を使っていない気がします。 これは言葉通りの意味として、それほどゲームやDVDを買っていないという ことだけじゃなく、直接的にコンテンツ業界にそのお金が入っていない ということも意味しています。
前者の意味としては、今までゲームなんて買わなかった人たちが DSやWiiを買うようになったことを見れば、面白いもの・欲しいものが 無いからお金を使っていないだけであって、そう思わせるものを 提供できれば今までお金を使っていない人も使ってくれるのだと思います。 もちろん、それは人々のニーズにあったものだけを作るということでは ない。前にも書いたけど、人々が本当に欲しいと思うものは、 聞いても分からないのです。誰か一人の天才が「線」を引いてあげることが 必要。そういうものを作り続ける限り、日本をまず第一に考えても 十分にやっていけると思う。その上で、その良さをウリにして海外に 展開していくというのなら分かる気はする。
さて、後者の意味について言いたいことは分かってもらえると思う。 要は「中抜き」の多さだ。コンテンツ産業は多数の中抜きによって、 楽しんだ人が払ったお金の半分以上が消え、実際に手を動かし頭を 動かした人にはほとんど渡らないという問題を抱えている。 もちろん、流通や配給をタダでやれなんて言わない。それが無ければ そもそもコンテンツは成り立たず、芸術の域を出ることはできない。 でも現状は、あまりにもビジネス拠りでモノを考えすぎだと思う。 コンテンツ作品は芸術品でもあり工業製品でもある。そういう 部分をうまく汲んで欲しい。僕なら汲める。あまりにも中抜きを している人たちがコンテンツに期待を抱きすぎているのが現状だと 思う。確かにお金を稼がないといけないけど、全部がそうだと 何もいいものが生まれない。逆に言えば、日本のコンテンツが これだけのスーパースターを生み出せた要因は、こんなにも中抜きが 多くて苦しい中でも、やってやろうという気概を持ってやってきた からでもある。でも、そろそろその時代も終わりだ。理由はデジタルと インターネット。時代は新しく変わろうとしている。人々の ライフスタイルは人類史上あり得ないスピードで変化を続けている。 それに合わせて業界も変わらないといけない。
ということで、中抜きを減らせば今の市場規模でも十分クリエイタに お金は回り、もっと面白いものを生み出してくれれば、これまで 興味の無かった人もお金を払ってくれるようになる。まだまだ きちんとコンテンツを楽しめている人は少ないと思うし、 自分が払ったお金のうち妥当な額がクリエイタに行っているとも 思えない。例えば、メディアの王様テレビの番組に僕たちは一銭も 払っていない。ドラマが面白いと思ってもそれを友達に言うとか ブログに書くとかその程度しか出来ず、具体的な形にはあらわせない。 そういう状況を続けることが、コンテンツを楽しむ側のクオリティを 上げるのを阻害している。クリエイタに自由に表現してもらうことも 必要だけど、受け取る側も自由に表現ができなければいけないと 僕は信じている。
長くなったのでここらで締めたいと思いますが、結論としては、僕は 無理に海外でも受けそうな「妥当な」作品を作ったり、「中途半端」な 作品を作るよりも、クリエイタと同じ様な環境で育って生活している 人たちにきちんと楽しんでもらえるものを作ることがこれからも 大事だと思うし、それをより多くの人に手軽に楽しめるようにしてあげて、 リアクションを自由に取れるようにすること、そしてそのリアクションが きちんとクリエイタに届くようにすること。この3点をやっていけば まだまだあと10年はおもしろいことができる産業だと僕は思っています。
以上、1時間程度でさっくり書いた文章ですので、乱文御免。 コメント頂けると自分の肥やしになるので大歓迎です。では。
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