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量が質を凌駕する

たまーにはコラム的なことを。

さっきニュースを見ていたら、NYで1セント硬貨の募金を集めて、それを 街中に敷き詰めるということをやっていた。この枠の中には1億枚以上の 硬貨があるらしい、ということは1億円以上のお金が、誰もが手を触れられる ところに落ちているという奇妙な状況になっているということだ。 誰でも募金できるので、道行く人が広い1セント硬貨の庭に向けて 硬貨を投げていた。

これを見ていて、すごくおもしろいなと思った。別に、募金を集めて ホームレスなどを救いたいというプロジェクトそのものには興味が 無いのだが、1億円のお金が目の前に落ちているのに誰も盗まない、 というか「盗めない」ということにすごく新鮮味を感じた。

もしもこの1億円が、相当額の宝石一欠けらだったら、厳重な警備を しないと街中に晒すことなんてできない。電子情報だけでお金が 自由に操作できる銀行やクレジットのデジタルなお金だったら、 不正な操作が行われないように強力なセキュリティが必要になる。 なのに、1億円が硬貨1億枚になっただけで、何のセキュリティも 必要なくなってしまう。この変化って、そんなに単純なものじゃ ないんじゃないだろうか。

僕が心にいつも思っていることに、「量は質を凌駕する」という ものがある。一方では衆愚だと言われることもあるが、僕は それですら、さらに量をもってすれば変化もありえるという気が している。もちろんいつまでもこういう傾向が続くとも思っていなくて、 一度量が質を凌駕した後の時代では、また質が重要になってくるの だろう。しかし、今の時代は明らかに量が質を凌駕する時代だと 思う。

何が言いたいかというと、警備に割くお金が無いんだったら、 硬貨にするだけでいいじゃんという、コロンブスの卵的な発想が ありなんじゃないかということ。もちろん、それに伴うデメリットも ある。そんなの持ち歩けないし、不便で仕方ないだろう。だが、 そのデメリットを恐れるが故に気づいていないモノもあるのでは 無いか。そういうことをふと思い起こさせてくれる「硬貨の庭」 でした。

何でもかんでも集中管理・自社製作という流れから、リスク分散・ アウトソーシングへと移っているのは事実だが、どうも中途半端。 やるならオープンソースくらいフラットにしないと、ドラスティックな 変化、つまり「量が質を凌駕する」ことは起こらないのかなぁという 気がしています。どうなんでしょうね。肝となるのは、「規格の統一」かな。 これに失敗すると、痛いことになりそうだから、頭のいい人にきちんと 考えてほしい。

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