- 2008-02-13 (水) 7:51
- 教育
本田透氏・堀田純司氏による「自殺するなら、引きこもれ」を読んだ。
とても納得できる文章だったのは、自分が半リアル引きこもり生活を しているからだろう。「学校制度教」という宗教の存在を意識させずに 国民、いや世界中の資本主義社会の人間ほぼ全てに浸透させた 資本主義社会国家というのは、人類史上最大の宗教団体なんだなと 納得できた。学校制度というものは資本主義社会を回すために 必要な人間を生み出すための装置に過ぎないのに、宗教とすることで、 そこに行かないことは悪魔に憑かれたことと信じさせ、破門してきた。
テレビで見た精神科医も言っていたが、引きこもりというシステムを社会が 「認め」ない限り、いつまでたっても自殺はなくならない。いじめに あって自殺した生徒がいた時に、多くの人間は、「いじめを見過ごした学校が悪い」とか 「そんな陰湿ないじめをする生徒が悪い」などと言う。でも、そんないじめの ある学校に「子どもを通わせ続けた保護者」だって悪い。知らなかったとは言わせない。 でも、学校制度教に洗脳されていると知ることはできないんだろう。それはつまり、 キリスト教を信ずる人が、自分の子どもが悪魔に憑かれたと認めることなのだから、 子どもが発するわずかなSOSを、大人の側が無意識にdisっているんだと思う。 そして、保護者は当然の帰結として「自分は被害者」と思い、「いじめを見過ごした学校や いじめた生徒が加害者」として勝手にぶち切れる。でも、その保護者は子どもを学校制度教に 洗脳して、学校に行くことを強要していたはずだ。もしかしたら、憲法に規定される 「教育を受けさせる義務」を真摯に遂行していただけなのかもしれない。そうだとすれば 結局やっぱり、国家的洗脳政策を取っている政府の責任ということになるかも知れないが、 子どもが死にたくなる様な状況に無理やり送りこむなんて、やっぱり保護者として どうかしてるとしか思えない。
さて、翻って自分はどうだったか。
僕は多分模範的な優良児だったと思う。2人の著者やあとがきを寄せていた白石氏の様に ドロップアウトした経験はこれまで一度もない。幼稚園では楽しくみんなでお遊戯してたし、 小学校では全科目で優秀な成績で生徒会も学級委員もやった。中学校からは運動部も こなしながら相変わらず優秀な成績で、先生にも文句を言わず従って県内で一番優秀な 高校に入った。高校でも運動部でも入賞したし、優秀な成績だったし、問題も起こさない。 塾にも行かずに学校の勉強だけで東大に現役で合格した。大学でも体育会の部活をしながら 1年生の夏学期で進振りに必要な単位は揃え、進振りまでは必須科目をほぼ優でクリア。 平均点で80点程度だったので点数的には優秀な方で、学部内で一番点の高い学科に進学。 専門でも部活で忙しかったがそつなく単位を集めて、研究室に配属。
ここまで、まぁ絵に描いたような学校制度教の優秀レールを歩いて来た。当時の 僕も、この学校制度教に従って勉強しさえすれば、自分のやりたいことができるんだと 盲目的に信じていた部分があった。きっちりと洗脳されていたわけだ。
しかし、研究という作業をいざ始める段階になって、僕は初めてリアルドロップアウトをした。 別にいじめにあったわけでもなんでもない。単純に「楽しく」なかった。だから 何の集中力も発揮できないし、そんな状況で無意味な会話にいそしむ程の人間力なぞ 持ち合わせていなかったから、行く意味が感じられなかった。楽しくないからやることない、 行ってもやることないなら行く必要性はない、ということで行くのは止めて部活や その他のことに専念した。
楽しくなくなったのは、自分よりもこの分野で優れた人が山の様にといることに気づかされた のが大きい理由かもしれない。幼稚園から大学まで、はっきり言って自分が一番、オレ様 サイコーで過ごしてこれたからこそ、ドロップアウトせずに済んでいた。でも、違うと 気づいてしまった瞬間、強烈に興味がなくなった。だって、そもそも好きじゃないんだから。
そう、僕が模範的優良児ロードを歩いて来た理由は楽しかったからであり、その楽しさの 唯一の理由は自分が一番だったから。たまたまそれが大学まで続いただけであって、 いつの段階でも自分が一番なんてことはないと気づいていたらきっとその場でドロップアウトしていた。 運が良かっただけ。そして、今になってようやく気づいたということ。
いや、実は違う。本当は、当の昔から気づいていた。多分幼稚園の頃から気づいていた。 でも、「認めなかった」のだ。自分は実は優秀なんだと思い込み、いい成績を取ることで 「それ見たことか、やっぱり優秀だ」と確認するマスターベーションをひたすら続けていた。 ことここにいたって、ついにリアルが破綻してしまい、20年来目を背け続けてきた 事実と向き合うことになり、やっぱ学校で勉強してもしょうがないんだと気づいた。
なぜこんなことを続けていたのか、少し分析してみた。結局のところは「リアル引きこもりが 怖い」という、学校制度教の洗脳が一番に効いていた。だから引きこもらないための 自分に対する正当な理由を作るために勉強という免罪符を獲得しようとしていた。幸い、 大した努力は必要なく獲得できていたのでリアル引きこもりとは無縁の生活を送れた。 この辺が著者達とは違ったが、今考えると逆に不幸だったかも知れない。早いうちにリアル引きこもりに なっていた方が、早く自分を見つけられたのに。
と言うのも、ずっと、「脳内では」引きこもりを続けていた。学校に行く意味を「勉強」という 免罪符にのみ見出し、リアルでは引きこもらなかった僕だが、脳内ではもう幼稚園の頃から 引きこもりを続けている。
集団社会に出た瞬間から、すでに適応できないことが分かっていた。今でも覚えている、 幼稚園の頃の、周りの子どものなんとも言えない「みんな仲良くしようぜ」オーラ。 一瞬でこれには馴染めないと感じた時から、僕は脳内に引きこもった。それ以来、僕の 体は、脳内に引きこもった僕が、「このままリアルでも引きこもったら孤独で死ぬぜ」という 恐怖から絶対にリアル引きこもりにならないようにと、操作し続けた結果だった。僕の すごいところは、大学4年までそれを破綻させずに続けたところ。20年もコントロールを 続けられたのは凄いと今振り返って思う。
これに気づくと、自分の行動の論理がかなり明確に理解できてきた。勉強も部活もドロップアウト しないために続けた。でも人との接触は僕自身は脳内に引きこもっているので、常に 受付さんが相手するだけ。時折、脳内引きこもりを解除していたのは、友達と遊んでいる時以外は 自分ひとりでいる時だけ。本を読んだりアニメを見たりプラモを作ったりすることは、 引きこもりが弁当をコンビニに買いに行く様なものだったのかもしれない。ただ僕にとって 幸せだったのは、部活で柔道という個人競技を選んだこと。部活をやってる間は一人で よかった。だから最初はドロップアウトしないための必要条件だった部活だったけど、 実際は部活の間も脳内引きこもりを解除できた。だからこそ、部活で出会った人たちは とても大切な人たちになった。
さて、ついにリアルも引きこもってしまった今、どうなったか。確かに辛い。僕は 脳内に引きこもり続けることでリアル引きこもりを回避する術は既に身に着けているので、 リアルに引きこもることなんて避けようと思えば避けられた。でも、結局そんなのつまらない ということに気づいた。それを続けるということは、一生脳内引きこもりを続けるということ。 でもさ、リアル引きこもりだって一生続けることなんて人間には出来ないように、 脳内引きこもりだって一生は無理だ。このまま学校制度教を続ければ一生脳内引きこもりだと 気づいた瞬間、「僕」は脳内から出てくる様になった。
20年間続けてきた引きこもりを解除した。社会経験的には3歳の頃から成長が止まっている。 そんな状況で卒論という名前のものだけは無理やり書いたので、既に社会的には大卒という 資格を得てしまった。けど、3歳。モノは知っているけど経験が足りない、そういう状況。 でも、学校制度教で引きこもらずに経験を積んできた人たちに追いつくには20年分の 経験を補う必要があるということになる。残念ながら、それに時間をかけていられるほど 残り時間はない。大体、適応できないからこそ20年も引きこもっていたわけで、 今更やっても同じこと。だからひたすら道を外れ続ける。今はリアル引きこもりかも知れないけど そうすることで、脳内引きこもりから脱出できた。次は、2人の様にこの社会で生きていく 場所を発見することだ。その意味で、この本はとても参考になると思った。
もしも、もっと早い段階で挫折を味わっていれば、もっと早くリアル引きこもりになって、 代わりに脳内引きこもりを解除できていたと思う。もし中学の段階で経験していれば もっと好きな高校に行ったし、もし高校の段階で経験していればもっと好きな大学に行ったか、 さっさと働いていた。気づくのが遅すぎた感は否めない。ただ、柔道を続けられたことだけが 唯一良かったと思えること。
よくよく振り返ってみると、勉強だけだったら学校は行ってなかったかも知れない。だって、 別に誰に習わなくても本とウェブがあれば十分だったわけだ。僕をリアルに学校に 向かわせていたのは中学以降は部活だけであった。部活の間だけは脳内引きこもりを解除して 心と体が一致していたから。もしもこの経験がなかったらと考えるとゾッとする。 僕はもっと強固に脳内に引きこもっていただろう。そう思えば、部活動を強要した 学校教育教に感謝する部分もある。
今のところ、脳内引きこもりを解除しても僕がこの社会で生きていくためには、「好きを貫く」しか ないと思ってる。引きこもらなくても生活できる程、社会に適合できている人の理論は、 僕の様に引きこもりがデフォルトの人には通じない。梅田先生が引きこもりがデフォルトかと 言われれば、どうかは分からないけど、少なくとも著作の中では今も引きこもりみたいな もんだとは書いている。だからこそ、僕の心に染みてきたんだと思う。
それを証明するように、コンテンツを学んでいる時は楽しいし、ウェブをいじっている時も楽しい。 どっちも好きだから。スポーツだって、フットサルは楽しくなかったけど、フラッグは 心底楽しいのはアメフトが大好きだから。柔道はもしかしたら惰性なのかも知れない。でも 脳内引きこもりを解除して続けられた唯一の存在だから、多分好きなんだと思う。嫌いだったら 脳内引きこもり人生の半分を費やすことはないだろう。ブログを書くことも、文章を書くことが 好きだからやってる。これについてはもっと早くやれば良かったと後悔はしているが。
まとまりもなく、多分論旨も一定してないのは、脳内引きこもりという言葉を見つけたのが ついさっきだから。これから折をみてまとめなおしていこう。とりあえず、まだ半リアル引きこもりは 続ける。でないと、自殺に繋がる。引きこもりとはそういうもんだ。僕を弱い人間と言うのなら、 あなたは強い人間だ。自信を持って今の社会で生きていけば良い。
僕の様な人間っているのかな?それだけが唯一残った疑問だ。脳内引きこもり経験者or実施中の 人がいれば連絡下さい。以上。
コメント:5
- チョッパー 08-05-25 (日) 11:19
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はじめまして、私は某中高一貫校を卒業し今年東大理科一類に落ちた浪人生です
高校ではまじめだけがとりえで、何も取り立てて熱中しない点で私も脳内引きこもりかもしれません。受験に失敗しはじめて自分に何もないことを悟りました。残念ですが今はくだらない受験勉強をもう一年頑張るだけです。
私も柔道やってました!初段です。東大は入れたら柔道部に入る予定です(でした)実はその昔はサッカー部でしたが集団から疎まれ、ドロップアウトし、個人技の柔道に転向したのです
ブログを読んでてとても親近感が沸きました。
もしかしたら、来年柔道部にはいるかもしれないのでよろしくおねがいします!! - riywo 08-05-30 (金) 3:19
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>チョッパーさん
はじめまして.書き込みありがとうございます.ツンデレWordPressが
なぜかスパムコメントと判定していました.すみません.なんだか親近感がわきますね.僕も実は小学校のころ少しだけ
サッカーやってたりしました.ぜひ1年頑張って東大柔道部へいらして
下さい.勉強など困ったことあれば,相談でもどうぞ.人に頼られるのが
好きな人種ですので^^自分を客観的に見た上で,この様なコメントを書くという行動を
取ることができた時点で一歩前進です.お互いゆっくり成長して
いきましょう.いつか爆発する時が来ます. - ななし 10-10-27 (水) 21:52
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脳内引きこもりでたどり着きました。社会にでるまで生きた実感がなかったので書いておられる感覚はよくわかる気がします。
いやな自分をみたくないと蓋をしてきたくせに自分のことしか関心がありませんでした。今は少しづつ、周りに頼る、自己防衛する、家族や職場を責める、をやめようと努力しています。武道で素になれる時間をもつことはいいですよね。私も合気道と出会って初心でバカになれる稽古時間で自分の体の感覚をとり戻しています。頑張ってください。 - かえる 10-12-09 (木) 14:06
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はじめまして、私は文系大学3年生です。
大学3年の終わりになって、やりたい事と今している事のズレがどうしても拭いきれず、現在引きこもってしまっています。ゼミもサークルも就活も佳境に入って、手元からこぼれてしまったように、部屋から出なくなりました。ただこのブログを読んで、なぜかしら改めて自分の「子供」のままの部分と向き合う心の準備が出来たような気持ちになっています。まだまだ混乱が多いですが、一つ一つ落ち着いて考える余裕を、深呼吸しながら見出そうと思います。
どうにもまとまらない文章ですが、一つだけ確実に伝えたい事は、「心と頭の自分のペースを調和できるよう、応援しています。」 - まーーーに 11-02-08 (火) 15:39
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自分も、親の期待、周囲の期待とおり、いわゆるエリート街道を歩んできて、勉強して、いい高校はいって、いい大学にいって、いい企業に入って・・・・。と、いう考えかたしてきませんでした。
ただ、はじめて研究室に入り、現実を知り、自分が情けなくなり、院試におち、挫折してしまいました。ただ、半年たって、自分でやりたいことを見つけ、やりたいことはこの方向性でいいのかなっていう部分を見つけれた気がしています。
しかし、ほかのエントリーにもあったように、一年留年して自分の可能性を模索するというのもありな気がしますが、とりあえず、今は目の前にぶら下がった、乗り越えなきゃいけない課題に対して、目いっぱい努力するだけですね。
すいません。何を書きたかったんだかわからない文章にちゃいました。ただ、本当の自分のスタートはこれからだな!!と思わせるエントリーでした。
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