- 2008-03-12 (水) 22:54
- 教育

中島さんの「おもてなしの経営学」を読んでいても、やっぱりアメリカ(欧米)の教育って いいなぁと思う。というか教育ってこうだろって思う。多分そう思っている人は 多いと思う。日本ですごく発言力を持ってるとされる人ってほとんどアメリカをはじめ 欧米の大学に留学しているのがその裏づけだと思う。なのに、どうして日本の大学は こうならないんだろう。
日本の大学生とアメリカの大学生の違いは「目的」
大学のダブルメジャーの話が出ていたけど、これくらやらないと大学の意味が無い。 もちろん、アメリカは大学だけで3000位あるらしいのでピンキリでしょう。 1次元で言うつもりはないけど、いわゆる下の方の大学なら日本と同様、 卒業するのが目的の大学もあるかもしれない。一部には、金で学位が買えるって 大学もあるらしいけど、日本の大学なんてそれと大して変わらないと思う。
一番違うのが、やっぱり「目的」の相違。日本の大学生のほとんどは「就職のため」に 大学に来ている。だから、3年生になるとこぞって就職活動を始める。これって、 団塊世代の集団就職の頃と変わらないと思ってる。一方でアメリカの大学、特に 一流大学に行く人は明確なビジョンを持ってきている。というか、そうでないと 入れないし、卒業もできない。留学の話を聞いたときに思ったが、その大学で自分が 何を学んでどうしたいのか、きちんと説明できないと入れないなと思った。 実際、そういう学生ばかりだと思う。だから、やるべきことで忙しいから 欧米の一流大学なんて程遠いなぁと思う。
もちろん、マッチョな人は違う。彼らに環境は関係ない。中島さんもそうだと思うが 環境に関係なく、放っておいても勝手にすごくなっていくのだから。彼らには 行動力があるから、自分で自分を変えていける。
そういうと、アメリカの大学で強い目的を持って活動している人はマッチョばかり なんじゃないかという意見がある。多分、そうなんだと思う。大学までいって 自分を鍛え続けたいというマッチョでなければ大学なんか行かない。きっとそういう 世界なんじゃないか。ただし、生来のマッチョでない人もマッチョに近づける 可能性を持っているのが欧米の教育なんじゃないかと思った。
マッチョを育てる欧米の教育
マッチョが何かというのはまだ明確には分からないけど、数少ない生まれながらのマッチョは 別にすれば、今社会で活躍するマッチョの多くは鍛え上げたマッチョだ。 マッチョを全く育てない日本の教育下であっても日本はこれだけ豊かになったのは ビジネスという現場で否応なしにマッチョであることを強要されたことで マッチョに目覚めた多くの人たちのおかげであると思う。
逆に言えば、マッチョであることを強要すれば結構人は変わるのではないかと思う。 マッチョが必ずしもいいという意味ではないが、日本ではスーパーマッチョに対する 厭戦感ばかりが横行していて、普通のマッチョになるべき人がそうならずにいる気がする。 もしかしたら欧米では逆の現象、つまり、マッチョにはなりたくないのにそうなって しまって苦しんでいる人がいるのかも知れない。そういう人にはきっと日本は すごしやすい文化だと思う。それはそれでありなのかも知れない。
日本の大学はどこを向いているのか不明瞭
書きながら結論を探っているが、結局のところ日本の高等教育の「明確なビジョン」が 必要だと思う。もしも欧米の様にマッチョであることを強要する教育を目指すので あれば、大学生の数を極端に減らすべきだと思う。マッチョ候補生はそんなに数いないと 思う。もちろん、これは生来のものではなく、人生のフェーズという意味で。 僕なんかは昔はマッチョになることは嫌だったが、今はすこしだけマッチョの 訓練をつみたいと思っているように、途中で変化することだってある。 大学に入る段階でこのフェーズにある人間なんてそんなにはいないと思う。 だから大学生の数、さらに言えば大学の数を減らすべきだと思う。
しかし、こういう方向性が果たして正しいのか。そういう役割はすでに欧米の一流大学が 担っているのであり、マッチョ候補生はそこで勉強すればいいのではないか。 そう考えると、日本の大学のもう一つの方向性として、マッチョには興味ないが それなりの実力はつけたいって人に対してやっていく今の様な仕組みでいいのではないか。 特別やることは無いけど、とりあえずなにか身に着けておきたいという人に向けた教育。 これって、専門学校とかに近いのかもしれない。ある程度教養を身につけながら、 同時に何かこれならやれるというスキルを身につける。今の日本の大学ってマッチョ以外に とっては結局こういう組織になっていると思うけれども、徹底がされてない。 中途半端に欧米風のことをやっているから、マッチョ候補生にもウィンプ候補生にも どちらにも向かないものになっている。
だから、これからの日本の高等教育のあり方として、マッチョ候補生には欧米大学のシステムを 勧めるべきだと思う。そのシステムを既存の欧米一流大学に担わせるのか、それとも 日本の大学を改革して担わせるのかはどちらでもいいけど、ともかく選択肢として それがあるということを勧めることを、高校の先生はやるべきだ。もっと言えば中学の先生も やるべきだ。そして、マッチョにはなりたくない人やまだなりたくない人には 日本の大学を勧める。日本の大学はある意味でそういう無目的な人に最適化するのは 簡単だと思う。事実それに近いことをずっとやってきてるのだから。そういうスタンスを はっきりさせていくべきだろう。
そう考えると、僕は日本の大学に来てよかったのかも知れない。 おかげでこういう風に言葉を喋れるようになったし、いきなりマッチョな世界に 飛び込まされて自殺したりしなくて済んだ。ただ、中途半端だという思いはやはりぬぐえない。 日本の大学ではある程度の教養となにか一つスキルを身に着けなさいとはっきり 言ってもらえれば、それを基準に色々とやることはできたと思う。 何も言ってもらえなかったから、ウィンプな僕は結局部活というスキルだけを得て 卒業してしまった。挙句、大学院なんてのにも簡単に入れてしまった。
大学院はさすがにマッチョ候補生以外に門戸を開くのは問題があると思う。 大学院はマッチョがその目的のために利用する機関であって、ウィンプが 時間をつぶすための場所ではないと思う。実際僕はそういう場だと思ったから ウィンプな僕はドロップアウトした。結局、就職活動で自分を見つめなおした 結果、自分はマッチョ候補生だということに気づいたから、アメリカの大学院に 留学したいという思いが強くなったという次第。
マッチョ候補生はそうだと気づいていない場合もある
どうせ、日本はパラダイス鎖国なので大きな変化には「暗黙の了解」が必要であり 全大学を欧米化なんてできるわけない。だったら、数の多いウィンプ向けの高等教育機関だと 明確に打ち出すことは、お得意の「全体主義」で簡単に進められると思う。 そうすれば海外のマッチョ大嫌い人間もやってきて、留学生を増やすという目的も 達成されるでしょう。グローバル化ってこういうことなんじゃない?何でもかんでも 欧米の真似するとか、いい加減やめればいい。どうせ無理だよ、この国では。 そういう風土は欧米に任せればよい。ただし、マッチョ候補生の人には欧米の 教育をもっと勧めるべきだ。本人はマッチョ候補生と気づいていなくても、 その気のある人間はそういう環境に突っ込むとマッチョ覚醒することがあると思う。
義務教育はいざ知らず、高等教育はロケーションフリーにしてほしいもんだ。 そういえば、ウィンプ時代の僕はアメリカの一流大学は日本の大学ランキングの 上に位置するものだと思っていた。だからすげー大変そうとか思ってたけど、その 感覚は間違いだった。そもそも向いてるベクトルが違った。で、実は自分は そっちの方があっているんじゃないかと最近気づき始めた。おっせーでやんの。 この気づきをもうちょっと早くできるような初等教育になればいいなと思った。 これは欧米でも日本でも関係ないと思うけど、欧米は比較的気づきやすいのかもしれないと 思っているが、この辺は実情をしらないので違うかも知れない。
じゃあ、高校生時分の僕にこういう選択肢があるよと言われたところで、あのときの 僕がマッチョ候補生コースを選んでいたかというと、それはないと言い切れる。 あの頃の僕は確実にウィンプコースを選んでいたのだから、その時点での進路指導は 間違っていなかったと思う。しかし、同時にもしマッチョコースに押し込んでいてくれれば もっと早く気づけたかもという思いもなくはない。まぁ苦しんで死んでいたかも知れないが。
日本の大学はアメリカの様になるべきでなく、それに合わない人を受け入れればよい
ということで、結論としては日本の大学は今の制度のマイナーチェンジで ウィンプ向け教育機関になればいいと思う。別にマッチョを目指さなくてもよい 教育だよね、日本お得意の。それで、マッチョ候補生には欧米の高等教育を 受けさせればいい。高等教育は義務教育ではないのだから、きちんと自分の タイプにあった教育を受けさせるべきだと思う。ただし自分でもタイプが確実に 分かっているとは限らないので、その辺は教育学の研究によってこういう言動のある子は マッチョ候補生かも知れないという指標作りとかも必要かも知れない。 マッチョはスタートが早いに越したことはない。年をとってからマッチョに なろうとすると、若いころからマッチョやってる人にへこみ続けることになるから。
個人的には初等教育に興味があるっぽいので、高等教育はあんまり考えたことがないから すごくいい加減な書き方になってしまった。まぁ今思ったことを素直につづっただけなので 間違いもあるだろうし、思い込みもあるでしょうが、それはそれ。とりあえず ネットの海に脳みその一部をさらしてみることで何かが得られればいいなというだけのこと。 まだマッチョとウィンプが明確に構造化できてないので不明瞭な言葉がありそう。 てか、長すぎだな。考えながら書いたらこうなってしまった。相変わらずダメ人間だorz
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