- 2008-04-15 (火) 22:29
- コラム

就職試験の筆記試験で,40分くらいで経営方針を考えてそれに キャッチフレーズをつけて説明するという小論文をやった. そのとき考えたことをメモメモ.
僕が考えたキャッチフレーズは「私らしく,あなたを,幸せに」という もの.3つの部分に分かれているので,それぞれについて説明していく.
「私らしく」~個の見える企画で~
一つ目の「私らしく」とは,僕の持論でもある「企画は個人」を 表している.良い企画というのは,頭のいい人が会議室に集まって 優れた意見交換を行うことで生まれるなんてことは少ない. 良い企画に重要なのは頭の良さなんかでもなく,みんなで相談すること でもない.ある特定の人物の「どうしてもこれがやりたいんだ!」という 熱意,そしてその根拠となる「夢」なのだというのが僕の考え. それを端的に言い表すフレーズとして「私らしく」を選んだ.
「私らしい」とはその会社の社員一人一人が,自分にしかできない企画を して欲しいという願いである.もしもその企画が客観的にはとても良い 企画で,絶対ヒット間違いなしというものでも,その企画推進者が 胸を張って,語気を荒げて,熱く真剣に語ることのできない企画であれば 僕は上手くいかないんじゃないかと思う.逆に客観的にはクソみたいな 企画でも,それをやりたい明確な思いが伝わるような企画であれば, あとはその人にまかせておけば何とかなるという気がしてくる.
企画推進者というのは,別にプロデューサに限ったことでもなく, その企画を最も熱意高く語れる人であればよい.そういう人が1人存在して 強く周りを動かすことのできる企画であれば上手く行くと思う.
客観的に良い企画よりも,自分が,そして自分にしか出来ないという企画を やるべきだというのが「私らしく」に込めた思いである.
「あなたを」~特定の個人へ向けて~
二つ目の「あなたを」は実は「多様性」や「選択肢」というキーワードを 表している.(特にコンテンツ作品の)企画を作る際には,ターゲットというのを 明確に絞る必要があるということはよく言われる.もしも提出された 企画のターゲットが「全年齢」となっていたら,その企画はその段階でダメだと 言われるだろう.
これはなぜか.答えは「多元主義」にある.人間は一人一人異なる存在である. それをある程度情報を落としてクラスタ化してターゲットとするのだが, 当然クラスタを大きくすればするほど,その中の個の違いは無視されていく. すると,そのクラスタ内の代表値からの偏差がどんどん大きくなってしまう. 結果,その代表値向けに作った作品は誰からも見向きもされないということに なることがままある.だから,クラスタが最大である「全年齢対象」なんて いうのは,結局誰も対象にしていないのと同じなのである.
従ってクラスタは小さい方がヒットする確率が高い.ここで僕の持論としては クラスタというより,もはや「特定の1人」に向けた企画をすべきだと 考えている.よく,ゲームクリエイタが「自分の娘が楽しむにはどうすればいいか 考えた」という話を聞く.これが「あなたに」向けた作品作りである. ある特定の個人を対象にして企画をすることで企画の鋭さが上がる. ただし,同時並行でそれがどのくらいの波及効果を持つかを見積もることが ビジネス的には重要だ.老人向けを狙ってニンテンドーDSを作ったが, あれも確実に子どもまでの波及効果を計算に入れている.これは ターゲットを広くすることではない.あくまでターゲットは狭く.
「幸せに」~相手を満足させるものを~
最後の「幸せに」というのは,客観的に「良い」モノを作るのではなく, あくまで主観的に「幸せ」を感じるモノを作るべきということを意味する.
ここで,主観的に幸せを感じる主体は「あなた」である.企画し制作する 「私」ではない.先ほど,ターゲットは狭くと言ったが,そのターゲットが 自分自身であってはいけないのである.何かを作ってビジネスをするということは 必ず相手=ユーザに満足してもらわなければならない.たまに,客観的に 優れた何かがあって,それに極限まで近いモノさえ作れば自然と売れるみたいに 考える人がいるが,それは誤りである.「客観的に優れた」という評価基準は 存在しない.あくまで,ユーザ一人一人の主観的な判断に過ぎないのである. おそらく,その人達が思う「客観」はその人達の「主観」に過ぎないのだ. だから,僕はあくまでも徹底的に相手の立場に立って,相手が「幸せ」を 感じられるようなもの作りをすべきだと考える.
それでは自分が作りたくも無いものばかり作らざるを得ず,つまらないと 言うかもしれない.そこで,「私らしく」が利いてくるのだ.つまり, 「私」にしか出来ないもので「あなた」を幸せにすることが出来たとき, 実は「私」も幸せを感じるのである.得てして,「私」にしかできない 企画なんて利己的で誰にも分かってもらえないのではと思いがちであるが, きちんと「あなた」の立場に立って戦略を立てれば,1人くらいは共感してくれる 人がいるものである.受け入れられないと思っていたものが,想像以上に 受け入れられてうれしくない人間はいないのではないかと僕は考える.
さらに言及すれば,自分も相手も幸せを感じられる(すなわちWin-Winな)もの作りは とても心地よく,続けたいと思うものである.そうすれば,実制作者に対する 敬意は最大限に払わないといけないと自然に思うし,もちろん会社の 経営面も自然に視野に入ってくる.会社がうまくいかなければこの様な 楽しい仕事ができなくなってしまうのだから.
「私らしく,あなたを,幸せに」するもの作り
おそらくこのキャッチフレーズの対極は「誰でもできる,私へ向けた,良い」もの作りだろう. 多分,近代科学というのはこれに近い気がする.「誰でもできる」は反証可能・再現可能 だし,「私への」は研究というのは個人の満足ということだし,「良い」は外部実在に 近づく客観的に良いものを,ということになる.やはり僕は近代科学には向かなかったという ことの証明になったということかw
では自分自身,このキャッチフレーズで行動できているのかというと全然そんなことない. できているなら多分こんなに苦しくは無いんだと思う.特に「あなたを」というのは 難しい.他人を理解するためには,前回のエントリで挙げた「コミュニケーションに おける非対称フェーズ」を超えなければならないが,そこがうまくいっていない. 「表面フェーズ」にとどまってばかりの人間には「私らしく,私を,幸せに」するもの しかできない.こんなの超簡単だ.自分の世界で閉じこもっていればいいのだから.
そう簡単にこのキャッチフレーズを実行できるとは思っていないが,少なくとも 心には留めておいて,ぶれない成長をしていきたいと思う次第.
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