- 2008-04-20 (日) 1:56
- コラム
情報のインタフェース,つまりより下層の対象に対して,個々の違いを吸収してしまい 一定のフォーマットで情報を上層に提供するという仕組みでコンピュータ・ネットワークなどを捉えて みるという話.
ハードウェア→OS→ソフトウェア→情報→人間
ハードウェアの違いを埋めた「OS」
その昔,計算機なるものができた時代は全てがハードウェア依存であり,ハードウェアの 細かい仕様を知らない限り動かすことができなかった.これは,個別のハードウェアについては 限界までのチューニングができることを意味しているが,裏を返せば,ハードウェアが 変われば全く通用しなくなることを意味している.計算機の数が少ない時代はそれでよかったが, ムーアの法則で計算機の量は増え,扱う情報も大きくなってきた.
そこで登場したのが,オペレーティングシステム(OS)であった.OSはハードウェアの 瑣末な違いに関わらず,一定のフォーマットで情報を渡せば所望の動作をしてくれる. 従って,ユーザは同じOSさえ使っていれば,ハードウェアの違いに悩むことなく 利用することが出来る様になった.これによって,ハードウェアで絶対的優位にいたはずの IBMやCompaqなどは,OSで寡占に成功したMicroSoftに取って代わられた.
OSの違いを埋めた「ソフトウェア」
OSによってハードウェアの壁を越えた人類であったが,続いてOSの壁が立ちはだかるように なってきた.MS,すなわちWindowsの独占に近い状況であるとは言え,AppleのMacOSを 好む人もいれば,ネットワーク界隈ではLinuxなどのUNIXOSを使う人も多い. これでは違うOSに移ればフォーマットや操作が変わってしまい,また応用が利かないという 状況になってしまう.
そこで登場してきた動きが,クロスプラットフォームという発想である.プログラム的な 話をすれば,一つのソースで様々なOS上で動くアプリを作れるJavaであったり, たとえOS依存であったにしても,同じ機能を持つアプリを各種OSごとに提供するという 流れが現在の主流である.これで成功しているのがブラウザのFirefoxである. Windows,MacOS,Linuxと同じ機能を持ったソフトウェアを提供しており, Firefox上の拡張についてはOSを選ばずに適応させて使うことができる.
これによって,OSの違いは関係なくなり,ブラウザを通してインターネットさえ 見れればよいということになってしまい,かつてのIBMのように,MicroSoftの優位性は 揺らいでいるのである.
ソフトウェアの違いを埋める「情報」
さて,ここからは筆者の私見が大きく入ってくる.OSの時と同じ様に,今度は ソフトウェアによる壁が出現している.つまり,ブラウザと一言に言っても,IEやFirefox, Opera,Safariなどなど様々に存在してしまっており,違うブラウザに乗り換えると これまでの手法が通じなくなってしまう.例えば,筆者はFirefoxにGreasemonkeyを入れて, Autopagerize,Minibuffer,LDRizeを駆使して,ショートカットキーでTwitterやTumblrなどを 見ているし,Tomblooやdel.icio.usアドオンなどで気になる情報をウェブに上げている. これらはブラウザが変わると使えなくなってしまい,これまでのブラウジングの 手法を変更せざるを得なくなってしまう.
しかし,よく考えてみよう.多くの人にとってブラウザが変わることはそれほど大きな影響を 与えていないのではないだろうか.僕だってLinuxでしか開発したことない状況でいきなり WindowsAPIを使ってプログラム書けと言われてもムリポだが,これからFirefox禁止で IEにしなさいと言われたところで,困りはするが何とかなるだろう.
実は「情報」,つまりHTMLであったりもっと言えばXMLなどといった純化された機械の 読みやすいデータによって,ブラウザによる違いが吸収されてしまっているのである. 上の2つのアナロジーで見れば,「情報によってブラウザの違いが吸収された」ということになる.
さらに言えば,ブラウザ間だけでなく,その他のソフトウェア間でもその違いが吸収されている. メールというのは,昔はメールクライアントソフトでPOPして読むものであったが, 最近はブラウザで見ることも増えてきている.これはメールという一つのソースに対して 複数のクライアント向けの窓口を準備することで,人間側としては自由なソフトウェアで 必要な情報にアクセスできるということである.
この様に,確実に意図したわけではないだろうが,ネットワークの発達とソフトウェアの壁の 出現によって,情報というインタフェースが形成されていったのである.
そして,情報の違いを「人間」が埋める
この様にして,ソフトウェアフリーに得られる情報を,人間は「意味あるもの」として 受け取り,柔軟に吸収していく.コンピュータにはブラウザが表示しているページが 何を意味するのかは分からない.例えばRSSリーダを考えてみれば,全てフィードという 同一の形質で与えられるが,人間はそれぞれ違う意味づけをして情報をインプットする.
ある意味で,RSSなどは究極のインタフェースなのかもしれないが,それだけで全てが 片付くわけではなく,例えば画像や動画といったバイナリデータはその情報ごとに 人間が内容を判断せざるを得ない.これが画像検索や動画検索が難しい理由なのかもしれない. この様にさまざまに与えられる情報の違いを吸収して,自分に必要な形で「人間」が受け取っているのだ.
情報と人間の「間」はまだまだ細分化できる
現在の状況はこの様な状況であろう.その昔,OSも無かった時代には,以上に説明した OS,ソフトウェア,情報のやっている役目を全て人間が担っていたため,計算機を有効利用できる 人間は限られていた.それが,OS,ソフトウェアと,優秀なインタフェースが発達するとともに 利用できる人も増えてきたし,同じ人にしてもそこから得られるものは格段に大きくなっていった. リソースの有効活用ができるからだ.
では今の状況が完成形なのかと言えば,まだまだ発展の余地は残されている.いくつかヒントを ちりばめたが,未だ,コンピュータには情報の「意味」が分からない状況なのである. ある意味で,意味論を排除した形であれば究極の形へ向かいつつあるのかもしれないが, それは裏を返せば頭打ちということだ.これからのブレークスルーを考える上で, 「情報」と「人間」の「間」のインタフェースを優秀にしていくことを一つの指針にすると 良いのではないかと思っている.
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