創造するということは線を引くこと

自分は創造者になりたいとずっと思って生きているが、30 代も後半に入ったのに創造と呼べるものはついぞなし得たことがない。いつも、「線を引けない」と思って諦めてしまうからだ。

線が見えない

例えば絵を描くこと。それは真っ白なキャンバスに対して、自分の意思で線を引いていくことだ。自分も戯れに絵を描いてみたことはあるが、いつもいつも「この場所にこの線を引く/引かない」理由がわからなくなって、最後まで作れない。

例えば工作をすること。何もない空間に今から自分は何某かの形を切り出さなければならない。しかし、たかがボタン一つにしてもどうして丸ではなくて四角なのか?どうしてその大きさなのか?という問いが津波の様に押し寄せてきて、何一つ線を引くことができず、結果として何も作れない。

小さいころには無心で LEGO を使っていろんな物を作っていたし、今自分の子どももそうして遊んでいる。でも、もはや今の自分には LEGO ですら怖くて組み上げられない。どうしてこのサイズなのか?どうしてその色なのか?何個積むのか?迫り来る恐怖に耐えきれず、子どもが作る物を横で眺めつつ、彼らのやりたいことを聞いてそれを実現する方法を考えて提案することしかできない。

線を引くことは本来自由だ。誰に許可なんて取らなくても線を引けばいいはずなのだ。なのに、自分の中には明確に恐怖がある。この線よりももっとよい線があるのではないか。この線は必要ないのではないか。もっと端的に言えば、引くべき線が「見えない」。

漱石の夢十夜の第六夜、運慶が仁王を掘り出す話は中学か高校の国語の教科書で読んだと思うのだが、その時からずっとひどく僕の中に刻まれたままになっている。

「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。1

僕の中での創造はずっとこれなんだ。運慶に線が見えたように、世の創造者とは全てこの境地なのであろうと僕には映っている。100 円ショップで売っているプラスチックのケースも、僕には線が引けないけど、デザインした人にはそれが見えているのだ。

10 代から 20 代前半で自分の将来を考えた時に、自分は何の線も引けないことを自覚してしまった。それから僕はずっとその可能性を閉ざして、勤めて創造的でない人生を送ってきた。その結果として、当たり前だけど大学/大学院での研究活動にもその線は見えなかった/見ようとしなかったので退学に終わった。

プログラミングと物語

そんな自分がようやく線が引けそうだなと思えたのが、プログラミングと物語だった。

プログラミングも、何もないノイマン型コンピュータの上に、命令という線を引く作業という点では他の創作と変わらない。でも 20 代で初めてまともに触り始めたのに最初から線が見えた。自分の言葉で A よりも B が良いことを説明できる。怒涛の様な質問が押し寄せる前に、これが正解だというものを掘り当てられた経験も何度もした。さらに面白いのが、その正解をどんどんとアップデートしていけるのだ。世界が永遠に広がり続け、そこに何度でも自分の形を生み出すことができる。この快感が僕がプログラミングにこだわる理由なんだと思う。

ただ、10 年程プログラミングに関わる仕事をしてきて思うのは、創造的なプログラミングを仕事で行う機会というのはなかなか得難いというものだ。僕の場合は経歴と相性も相まって、最近はプログラミングそのものよりも技術文書を書くことやチームを率いることに重きが置かれてしまっている。まだ仕事でそういう創作ができる機会を得ようと試みてはいるが、趣味で書く分で十分に自分の創造意欲を埋められる気がしていて、運も絡んでくる仕事の中で無理に求めなくていいかなという気持ちになりつつある。仕事でしか実現できないことは、多数の人の労働集約によって一人では生み出せないものを創造できるということだけど、正直言ってそこに魅力を感じないタイプの人間なので、創造性よりも仕事がストレスなく進むことの方が自分の関心事なのではないかと最近思っている。2

一方物語の原体験は古くて、小学校で初めて「感想文ではない作文」をする課題に出会った時だ。それまで長文を書くのはむしろ苦手で、いちいち読んだ本や身の回りの出来事に長々と人に話す様な感想など持っていなかった。苦し紛れに文字数を合わせるために無理やり言葉を捻り出すというのが僕の「作文」の実態だった。ある日、そうではなくて自由に物語を創作するという課題があった。自分でも驚くほどに、何枚でも原稿用紙を埋めることができた。作ったキャラクターは勝手に動き、次から次へと書きたい場面が出てきた。その後、物語を作ることはずっとしなかったけど、高校の時に部活の新入生勧誘用に短い寸劇の台本を書いてみたり、コミケで小説を出してみたりして感じたのは、その時はやはり線が見えるのだ。

この 10 年くらいはお金を稼げる様になることと、日本を抜け出すことに心血を注いできたので、創作はずっと後回しにしてきた。でも、最近ずっと自分を捉えて離さないのは、あの日小学生の時分で感じた高揚感だ。

自分の物語を生み出したい

僕はアニメを観るのが大好きで 30 年ずっと観続けているけど、アニメを創造したいなって思ったことは当然 1 度や 2 度ではない。でもその度に線が見えないから諦めてきた。絵は 10 歳の頃にあまりにも上手い人が近くにいてこんな線は引けないと気づいた。声も文化祭の劇とかやってみたけど何が正解なのかわからなかった。ビジネス面からというのも新卒就活の時に試してみたけど、線は見つからなかった。もはや僕に残された道は物語しかない。

でもよく考えてみると僕がアニメを観る理由の大きな一つは物語を見たいからなのだ。それは多分漫画でも小説でもなんでもよかった(し、もちろん読んでいる)。単純にメディアの相性としてアニメの没頭感が好きなだけだと思うし、ただの三つ子の魂百までなのかもしれない。なんにせよ自分は物語なら線を引ける。それが他の人に魅力的かどうかは才能と訓練によるけれども、少なくともそれを試せるだけの線は見える。

世の中にはたくさんの領域で線が見える人というのもいて、彼らは常に創造的で本当に羨ましいし妬ましい。何度も何度も、自分に絵が描ければ、音楽が弾ければ、工作ができれば、ビジネスが作れれば、と思ってきたしこれからも思う。でも、ないものはない。持たざる者なりに足掻いた結果、少なくとも 2 つは"天下の英雄はただ仁王と我れとあるのみと云う態度"1になれるものが見つかった。

最後に、なぜ創造者になりたいのか?それはたぶん人間の根源的な問いだと思うけど、僕個人としては、やはり僕が死んだ後でも「残る」からだと思う。もちろん人類の歴史は常に情報量が増える方向に進むので、自分の作品の占める割合はどんどん下がっていく。それでもやはり、人の心を打ち世界に影響を与える作品というものは残り続ける。そんな作品を(ボケる前の)あと 30 年程度のうちに作らないといけないとなると、そろそろ遊んでいる時間は無くなってきたなと感じている。


  1. 夏目漱石「夢十夜」第六夜 https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/799_14972.html (青空文庫)
  2. Product Management とかの方が向いてるのでは?と最近自分が実際にやってることを見て思うなど。People Management だけは死んでもやらないけど。

Ryosuke Iwanaga

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