「人に聞くことができない人間」は人間じゃないのかな

僕は好きを貫くために,大学院を辞め,世界を変えるために生きていこうと決めた. でも,僕には何にもできないんじゃないか.そう思ってしまった.

「お前は人に聞いたり,人の知識を利用したりすることができていない」 と,ある人に言われた.同じことをこの間の内定先の研修でも実感したけど, そんなこと小学生の頃から知ってる.僕はこれまでの人生で他人に何かを相談することを ほとんどしなかった.最も質問した回数が多いのはGoogleだと思う.次が書籍. 人間に質問したことはあんまり無い.

相談できる友達なんてのもずっといない.明日の授業にコンパスが必要なのか 誰にも聞けないから,いつもコンパスを持ち歩いていた小中学生時代. たまに忘れてしまっても,誰にも借りられない.インターネットを得てから 僕は情報共有サイトを作りたがるんだけど,それは僕が人に聞けないからであり, 他の人にとっては「そんなの直接聞けばいいじゃん」で終わりだから,いつも うまくいかない.

僕がやることは人にとって意味のないことだし,人に認知されることもない. 人を変える様な何かがやりたければ,それは自分の頭だけで考えて行動しては いけないらしい.アマチュアの知識なんてハナクソ程度の価値もないらしい. 「人に聞かないでできるのはすごいこと」と言う人もいたが,ハナクソの再生産を やってるだけの僕に価値はない.

僕にとって,人に何かを相談するのは死ぬ程しんどい.なんでみんなそれが楽々と できて,「聞けば良いじゃん」って言えるのか理解できない.と言いつつ, 僕は他人に対して,「もっと人に聞けばいいのに」とも言っている. まただよ,二律背反.

学の世界はダメだったから,ビジネスであれば少しはマシかもと思って逃げ出す様に やってきて,4月から社会人になるわけだけど,実はどっちの世界でも「人に聞けない」 人間は成功できないような社会になっているらしい.

唯一成功できるのは,最初からスーパー能力を持ったマッチョなんだろう. 僕がマッチョでないことは人生振り返れば明らかだ.一つも成功したことないし, そもそも何にもしていない.

人に聞けないから本やGoogleに逃げているんだし,人と話せないからブログや Twitterに書いている.でもそれは利害の関わる他人からすれば迷惑でしかない. 単なる「挙動不審」だ.迷惑だから消えた方がいい.

ドラッカーが言う様に,現代の社会は「組織」を中心にして動いている. 組織で動くということは,てめぇ一人が快適に過ごすことじゃなくて,組織として 成功できるかどうかが重要なのだから,僕みたいに自己中な人間に価値はないどころか 迷惑極まりない.

就職先についてはこの先5年程度は「人に聞くという辛さ」を我慢できる. 今身につけておきたいことをやるわけだし,留学のためにお金を貯めないと いけないからだ.だが,それ以外のことまで「人に聞くという辛さ」を我慢は できそうにない.

ふと,JobsのStanfordでの演説を思い出した.今日は起きているのが辛かったので, 眠りに入るBGMとして演説をループして聞きながら合計18時間くらい寝た.

「Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life.」とJobsは言った. 自分に取って無駄なことであれば「人に聞く」ことで時間を無駄にしてはいけない. だが,自分に取って有益であれば,「人に聞く」ことも必要なはずだ.

「So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.」とJobsは 言った.今がどれだけ苦しくて無駄に思えても,自分が信じる直感が正しいと 思うことなら,信じるしかない.

「Stay Hungry. Stay Foolish.」とJobsは言った.僕は十分にバカだと思うが, Hungryさが全然足りない.だからJobsと違って親に払ってもらっている学費を 全てドブに捨てることをしてしまったし,人に迷惑かけてることに気づきもしない. 先日は珍しくHungryになって行動を起こしてみたら,ひとりよがりだと断罪された. Stay Hungry. Stay Foolishは簡単じゃない.

生を重ねるにつれて,Jobsが言っていることが一つ一つ理解できるようになってきた. 人は失敗する.たとえそのやり方では失敗すると知っていても,自分を信じてしまうから, 必ず失敗する.だが,その経験があるからこそ,後で振り返った時に全てが繋がる.

僕がどう生きようが,ほとんどの人に関係ない.迷惑だと思うなら僕が殺されるだけで あって,それはそれで助かるのでなんら問題ない.

支離滅裂な文章だけど,書いたことで少し落ち着いてきたのでこの辺にしよう. こういうことを人に話して解消したりできないのが僕であるけど,ブログがあるおかげで 助かった.もしもブログを書いてなければ,多分今日死んでたかな.

高見知英 09-03-30 (月) 22:29

人に質問するのはわたしも苦手でしたね。専門では変にお高くとまってしまったせいで、余計に人に聞くということが苦手になってきましたし。学生時代なんて、そんなものかもしれません。

人に質問することがある程度出来るようになってきたのは、会社に入って少ししたころからでしょうか。周りの方が明らかにレベルが上だし、分からないことも多いので、質問しなきゃやってられません。「人に聞くことは、サーバにも出来る」と思ってとにかく質問しまくりました。そうやってるうちに自然と人に聞くこともできるようになるし、自分個人として欲しいものも、分かってくるんじゃないかと思います。
わたしの場合、その結果気づいたものが、「プログラミングを一緒にする仲間」が欲しいと言うことであり、結果磯子クリエイティブチームを立ち上げることになった。たぶんこうやって会社という組織にもまれてはじめて自分のやりたいことがはっきりしてくる人も多いんじゃないかと思います。今気にすることはあまりないのではないでしょうか。

りーおさんはまだ、可能性が目の前にあって、その封も開けていない状態なんですから、今は迷うことはないのではないと思います。
しばらく会社に流されるままでいて、ふと気づいてみると、いろいろと分かることも、できることも、変わってくるんじゃないかと思います。いまはそのままでも、それほど問題はないのかな と思います。

LongtailBear 09-03-31 (火) 18:38

大変共感できる内容でした。

幸いなことに、私の場合、信頼できるコミュニケーション能力に秀でた仲間に出会いなんとかやっていけそうだ、と最近感じております。

HungryかつFoolishであることは時にSelfishだと言われます。
けれども、私は、Egoistでない限り誰かが認めてくれると信じています。

marcus 09-04-01 (水) 22:30

「人に聞く」という行為は無知な自分を他人に対して曝け出す屈辱的な行為だと認識している人は、往々にしてそれが極めて一面的な見方であることに気付いていないか、あるいは目を背けている。

ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20090323#p1
ここにあるように、「人に聞く」行為が、回答をする側の人間からすると
聞いている側の人間に対して無償の贈与関係が成り立っている点において、
この行為が成熟し閉塞した現代社会にとって偶然にも心地良く消費され得るべき稀有な商品と化している可能性は否定できない。

自分の行為が相手を癒すために消尽されることに対する嫌悪感があるというのなら
話はまた変わってこようが。

tkym 09-04-02 (木) 14:21

どうしたら問題が解決するのかはわからないけど、とりあえず「死ぬ」とか「殺される」とかっていう考えにすぐに至るのは良くないと思うよ。悩むにしてもまず無条件に「この先も末永く生きる(しかない)」ということを前提とした方が、建設的になれると思う。

それに少なくとも同じ組織で何年も一緒にやってきた俺から見れば、riywoは十分有能な選手かつマネージャーであったし、今も組織に多大な貢献をしていて素直にすごいと思っている。とても俺にはマネできないことだ。