「やりたいことができる環境」と「やりたいようにできる環境」は違うという話

昨日@nekokakさんに言われて、確かに、と思った構造について。お得意の二項対立になってるので もうちょっと発展させたいところ。

あと、やりたい事が出来る環境とやりたいように出来る環境は全然違うということも意識しとくといいとおもうless than a minute ago via web

学科・研究室紹介然り、就活での企業説明然り、あらゆる組織での「自分たちのいいところアピール」に よく使われる2つのフレーズ。

  • 「うちはやりたいことができます」
  • 「うちはやりたいようにできます」

日本の学校組織という大した自由がなく、自分から動かなくてもなんとなく過ぎていく組織に どっぷり浸かってきた若者には、とても心地良く聞こえる2つのフレーズだけど、 実は大きく異なる様相を持っているということに、初めて気付かされた。

「やりたいことができる」とは

大学とか研究室って組織は学生にとっては基本的に「やりたいことができる」環境だと思う。 どの学部学科を選ぶかはあなたの自由だし、入ったあとも別に学問するかしないかは自由だ。 やりたいことをみんなやっている。

ただ、単位が欲しけりゃ、卒業したけりゃ、たとえやりたいことであったとしても、 自分のやりたい様に自由にやることはできない。その部分での自由度は低い。 「俺はこのテーマについてこんだけ詳しくて、こんだけ結果だして、こんだけ発見したんだから卒業させろ」 と、いくら口頭のみで説いたところで、論文の形にしないと普通は卒業できない。 (と言ったところで卒業してない人の言説なのできっとdisられるんだろうけど)

「やりたいようにできる」とは

民間企業は実力さえあれば「やりたいようにできる」環境であることが多いと思う。 究極的には営利さえ出れば「どういう風にやったか」はほとんど関係ない。(犯罪行為は後で困ることになるだろうが)

ある意味でルールなんかなくて、どういうやり方でも儲かる道を見つけた者勝ちの世界。 先輩がやってるやり方が非効率だと思えば、自分のやりたい方法でやってみて結果をだせばあなたの勝ち。

ただ、それが自分の本当に「やりたいこと」と一致することは極稀だと思う。 別に儲けなんかに興味なくても、給料もらってる以上それをやらないといけない。 そのためには、今携わってる非常に儲かってる仕事が、自分がやりたいことでなかったとしてもやらないといけない。

自分がどっちを求めてて、今はどっちにあるのか

そう考えると、次の2つのフレーズも違った様相をもっていることがわかる。

  • 「おれはこんなことがやりたかったんじゃない」
  • 「おれはこんなふうにやりたかったんじゃない」

前者は「やりたいこと」ができなかった不満、後者は「やりたいように」できなかった不満。

自分の属している組織が「やりたいようにできる」環境なのに、「こんなことがやりたかったんじゃない」と 不満を漏らしても、多分あんまり意味はない。きっとその代わりに好きな様にやらせてもらっているんじゃないか。 たとえばその「やりたくもない仕事」をやっている代わりに、休日を自由に楽しめるだけの給料をもらってるとか。

逆に「やりたいことができる」環境で「こんなふうにやりたくない」と言われても、 やりたいことをやってるんだからしょうがない部分も多いはず。好きな研究を続けていくためには、 お金集めに奔走したくなくてもやらざるを得ない。「お金なんかなくても研究できる」と 言うことのできる教授は今の学問の世界ではなかなかいないんじゃないかな。あまり知らないけど。

自分がどういう環境を求めてて、今の組織がどういう環境なのかというのはよく見直してみるといいかも知れない。 よくありそうなパターンは「やりたいようにできる」環境で、「あまりやりたくない」と思っていることを 「実は自分はこれがやりたかったんだ」と思い込ませることで満足するパターン。 傍目には「やりたいこと」を「やりたいように」やれていて、すごく幸せに見えるし、 最初は思い込みだったんだけど、ホントに好きになっちゃう状況もあるかもしれない。 でも、このパターン結局は「おれはこんなことが(ry」と言って、恨みをもってしまうことが多そう。

もういちいち逆のパターンについては書かないけど、割と自分は「自由な」環境にいると思ってる人は、 一度こういう視点を持って考察しなおしてみると、面白い、今まで見えなかった視点がもてるかもね。 自分は属した組織の数が少ないので例がイマイチかも知れなくて、いろんな組織の人に自分の体験に 引き寄せてこのテーマを語ってもらうと面白いと思ってる。

どっちもねーよ or どっちもできてるよ

以上、双方はトレードオフにあるように書いてきたけど、「そんな自由どっちもねーよ」とか 「思いこみじゃなくて、ほんとにどっちもできてるよ」とかも、多分ある。

前者は前者できっと他の恩恵があるんだろう。例えば自由を犠牲にするかわりに安定的な地位があるとか。 後者は後者で多分不満なことが他にあるんじゃないか。全然儲からなくてご飯食べれないとか。推測ですが。

世の中「自由」を謳ってる組織は「やりたいことができる」か「やりたいようにできる」の どっちかに偏ってるパターンが多い様な気がする。別にそれは悪いことじゃなくて、その時その人が どっちの「自由」を欲しているかで所属する組織を選べばいいんだと思うよ、自分。

riywo

Software Engineer, DevOps, DBA, Solutions Architect, NFL, working for AWS. All posts are my own, not endorsed by any org.