強く生きよう

たくさんの方が亡くなられた。

地震について、正直、これだけ近くで起こって「自分の身に起こったかもしれない」と思って初めて、事実の重大さに気づいた。地震で何人死んだ、戦争で何人死んだ、と今まで何度も聞いてきたけど、結局自分と時間的/空間的に離れた地点での出来事については、「自分の身には起こらない」とどこかで安心していたのだろう。

地震とは関係ないが、親しくしていた方が30代半ばで突然亡くなられた。あまりにも近すぎて、事実を受け止めるのが辛かった。

肉親の方にとっては僕が感じる以上にはるかに辛いだろう。

何よりも本人が一番悔しいはずだ。まだやりたいことはたくさんあったろう。

この数年で「身近な不幸」にたくさん出会ってきた。残された僕達に何ができるか。彼らはこんな状況になってしまったのに、普通に何事も無かったかの様に生活していいのかと、自分が許せなくなってしまう。

でもそんなことしててもしょうがない。何も戻ってはこない。

僕達にできることは、今まで通りできるのであれば今まで通りにすることだ。そして、彼らのいた時といなくなってしまった後で何かを変えるとすれば、より「強く」生きることだ。

いつ死んでしまうかなんて分からない。生きていられるうちにできることを精一杯、そしてそれを少しだけ「強く」やっていこう。

強く」の意味は人によって違うだろうけど、僕の場合はこういうことだ。

Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life. Don’t be trapped by dogma — which is living with the results of other people’s thinking. Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.

Text of Steve Jobs’ Commencement address (2005)

私はよく「2200年」という未来を軸にしてモノを考える。2200年には、私はもちろん、今の若い世代もみな死に絶えている。しかし、未来は私たちの死を超えて無限に広がっています。2200年に生きている人類に、私たちは何を残すのか、どう思い出されたいのか。そこまで考えると、本質的なことをやらなければならないことに、誰もが気づくはず。一過性の、すぐに廃れてしまうようなものばかり作ってもしょうがないのです。

石井裕MIT教授が語るソーシャルテクノロジーの近未来/Tech総研

全力で今まで通り生きる。僕の人生、僕が一番後悔せず満足できるものにするために。

亡くなられた方々のご冥福を祈りつつ

riywo