「人を助けるすんごい仕組み」をみんなに読んで欲しい

「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の、というより僕としては「構造構成主義」の西條剛央先生が書かれた渾身の一冊。つい先日購入したので、仕事が終わらずクタクタの朝方に読み始めたら一気に通読してしまった。あまり僕の周りのクラスタにはリーチしてない気がするのですが、割と広範囲な人に読んで欲しいなぁと思いました。ので、多少スピリチュアルですが書評を書くことにしました。ちなみに、印税と売上の一部は被災地支援に使われるそうです。

いくつもの側面

この本はいくつかの側面から見ることができて、そのどれもがすごいなぁと思います。どの側面から関心を持って読み始めたとしても、他の側面の知見も得られる良書です。

東日本大震災のルポルタージュとしての一面

何はなくとも、西條先生自身が何度も脚を運び、実際の被災者の方の声を聞いて活動してきたプロジェクトの記録は誰であってもズンと来る内容だ。

テレビや新聞が伝えることが全てじゃないと当然分かっていても、僕みたいに結局自分から動くことはできず、ずっと被災地からは離れた暮らしをしてきた人にとって、実際に現地に行った人達の活動記録というのはそれを少しでも追体験させてもらえることがありがたい。もちろん実際行くのに比べれば全然その価値は低いだろうけど、何も知らずに生きるよりはまだまし。

今までにない規模のボランティア組織の誕生と成長の記録としての一面

彼が起こした行動は、あとからつないでいくとこれ以上ない必然だったのではないかと思える条件の中で、今までには考えられなかった規模のボランティア組織を作ることになった。それがどういった関心から起こり、どの様な思考過程を経て生まれ育ったのかが時系列で書かれている。その背景にどういう理論があったのかを平易に解説しつつ、様々な方法論が展開される。

ボランティア組織というのは自分の経験に照らしても、モチベーションを持続させるのがとても難しい。お金のやり取りの発生する組織では金銭の授受という契約によって双方の行動をある程度規定することができるけど、ボランティア組織ではそれができない。確かに今回は未曾有の大震災の復興をしたいという分かりやすいモチベーションがあった。でも、それであっても本当にボランティアの運営は大変であることが伝わってくる。それを本当にすごい規模・すごい速度でやり続けている西條先生達の軌跡はこの上なく貴重な物だと思う。

さらに今回はインターネットというオープンな誰でもつながれる場を通じた活動というのも興味深い。インターネットの力を信じる人にとって、これ以上ない程参考になる実体験談だと思う。

哲学の実践としての一面

正直、読む前から上の 2 つの面については期待していた。ともかく僕は何も触れない様に生活してきた。そろそろ真正面から向き合いたいと思ったから。実際読んでみたら、その目的は当然達せられたわけだけど、この本はそれ以上の強い力を持った本であることに気づいて、これはとんでもないなと思った。

西條先生は以前から構造構成主義という考え方を提案していて、僕もそれに感銘を受けた一人だ。とはいえ、哲学というのは思考実験であることが多くて、それを実世界で実践してみるというのは中々難しい。いや、本当は人間考えているときはいつも何かしらの考え方を持ってやってるわけだけど、それが自分の認識している考え方としっかり一致してるってのはストイックな人でないとそんなにないし、そうしてる人のやってることってのは大概普通の人には認識できないようなことだったりする。

今回のプロジェクトの中で、西條先生は自身が認識している哲学を本当に忠実に適応していった。その成果が上記の通り、万人に分かりやすい形で発現した。これは本当にすごくて、「構造構成主義とは何か」を読むよりもあっさりとそのエッセンスを知ることができる。

状況と目的から導く「方法の原理」、全ての価値は関心によって立ち現れる「関心相関性」、きっかけによって関心さえもかわるという「契機相関性」、そしてその主目的である「信念対立の克服」。僕はもちろん既に構造構成主義を知って読んだのですんなりと入ってきたけど、技術書である「構造構成主義とは何か」よりもずっとずっとリアリティの高い実例を元に語られているので、構造構成主義の入門書として最適だと思う。

急速に拡大する組織運営論としての一面

さらにすごいのが、スモールスタートから急速に拡大する組織運営についてもとても示唆的なことが書かれている。先に書いた様に特にボランティア組織というのは運営が難しいのだが、それをこの規模・速度でやっているんだからその言葉は重い。

特に、第 6 章にある「トラブルを減らすための 7 か条」はすばらしかった。項目だけ引用させて頂く。

(1) 質問は気軽に、批判は慎重に

(2) 抱えてから揺さぶる

(3) 集中攻撃に見えるような言動は慎みましょう

(4) 初めての参加者も見ています

(5) 電話や直接会って話しましょう

(6) 休むこと

(7) 被災者支援を目的としている人はすべて味方です

pp. 225-230

その他にも、「クジラより小魚の群れになろう」、階層をなるべく作らない組織、プロジェクトという縦糸と機能別部門という横糸の両方に入る、などなど、急速に拡大する組織をいかにしてスピード感を殺さずに成長させるかという観点から見てとても示唆に富んでいる。

ベンチャーの様にスモールスタートして、業績好調によって急激に組織の規模が拡張してしまった会社などは、みな須らく同じような悩みを持っていたりするんじゃないかと思うけど、ボランティア組織の話とは言えものすごく参考になる話ばかりだと思う。実際僕はこれを読んで今の組織をどの様にしたらより良くなるのかなぁということを考え始めている。


というわけで、本当に色々なことを学べる本です。ただの記録書だと思わずにぜひ手にとって、そしてできれば被災者支援にも繋がるので購入して読みきって頂きたい。

西條先生と僕

読んでいて、昔を思い出した。

この辺をやってたのが 2008 年かぁ。大学院でうまくいかず、就活もうまくいかず、色々不安定だった時期。たまたま出会った考え方だったけど、「よくぞ言ってくれた!」的にしっくり来てこういうエントリを書いたりしていたら、たまたま西條先生の目に止まって声をかけて頂いた。数回研究室にお邪魔したりさせて頂いた。僕は本当にうれしくて、何とかこれをものにして論文にできないものかと考えてみたけど、残念ながら無理だった。ごめんなさい。それから特に繋がることもなく過ごしてしまっていたけど、やっぱりすごい人だなぁと今回改めて実感。目標にしたい人の一人だと思う。

あの時、西條先生に言われたことは今でも頭に残ってる。

最初から「世界を変えよう」と思わなくていい

若くして色んな人の人生を変えてしまう様な著作を書いた先生から聞いたこの一言。でも、世界を変えようなんて思って書いてたわけじゃないし、いくつもの積み重ねの上に構造構成主義はあった。あぁ、別に生き急がなくていいんだし、最初からできなくてもいいんだと、今から思えばなんでもないことなんだけど、その時の僕には胸のつかえが取れたようなそんな心地だった。

自分が今やってること、自分の考え方に照らしてみてどうなのよってのを社会人 3 年目も終わろうとしているこのタイミングで一度見返そうと思ったところ。

まとめ

書籍自体は、文句なく広範囲な人に手にとってもらいたい内容だと思います。どういう関心であってもいいけど、思ってもみなかった知見が得られると思います。別に西條先生の全ての意見に賛同する必要なんかなくて、自分の関心に照らしていいとこどりして貰えばいいと思う。それを色んな人ができるだろうなと思えるくらいにボリュームのある一冊です。

もうすぐ 3.11 から 1 年が経とうとしている。数多くの人の人生を大きく変えたあの日から 1 年。その日を前にしてこの一冊が世に生まれた。僕はこの本を今読んで 2012 年 3 月 11 日に何を思うだろうか。犠牲者の方々の鎮魂の後にしっかりとしたあゆみをできるようにしたい。

  • 長尾 みさこ 13-03-30 (土) 13:45

    今までご支援ご協力賜りました「ふんばろうチャリティーブックプロジェクト」は、2013 年 3 月 31 日をもちまして終了する運びとなりました。

    当プロジェクトのウェブサイトに『人を助けるすんごい仕組み』のご感想の転載を許可してくださってありがとうございます。
    アーカイブとして今後も引き続き掲載させていただければ幸いです。
    掲載に問題がありましたら、お知らせください。
    http://wallpaper.fumbaro.org/books/sungoishikumi

    「ふんばろうチャリティーブックプロジェクト」は終了いたしますが、ふんばろうから出した 2 冊『人を助けるすんごい仕組み』『忘れない。』の印税全額は、今後も復興支援のために役立ててまいります。

    また、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」自体は、4 月から体制を変え、引き続き、復興支援活動を行ってまいります。
    今後も可能な範囲でご支援ご協力を賜れば幸いです。

    4 月以降にお問い合わせいただく場合は
    以下のウェブサイトの「総合問い合わせフォーム」をご利用ください。
    http://fumbaro.org/contact/

    最後になりましたが、時節柄、一層のご自愛をお祈りいたします。