リアリティを持つ・持たせる

すごくいい記事を見つけたので自分も思うところをしたためておこうかと。著者はかの有名なryopekoワイフさんの旦那さんです。

悪いのはその事実から目を背けることだ。

なんで目を背けられているかというと、将来のエンジニアとしての自分と社会のエンジニア像にギャップがありすぎるからだ。

(なあなあでエンジニアを目指して勉強するしかない)

この状態を実際の生きたエンジニアをもっと学生の前に晒すことで解決したい。

それぐらい学生側からすると社会っていうのはリアリティが無い。

高専カンファレンスに来ないような人達に思う – ryopekoの日記

気づけばよかった

僕もまったくそのとおりな生活をしていました。自分が将来どうなるのかについて全くリアリティを持つこと無く20年以上過ごしてしまったわけです。22になる頃にようやくどうしたもんかというところで思ったのは「もっと早く”気づいて”いれば。。。」に尽きます。世の中器用な人も多くて、さっと対応していく人も多いんですが、僕は生きるの下手くそなので、その結果こういう感じになったわけです。

何に気づいていれば良かったのか。

それは道は無限大にあるということ。そして、自分の中で思っている難易度や実現性は意外とアテにならないということ。

例えば僕が高校生の頃や大学生の頃、アメリカで働くなんて考えたこともありませんでした。それは、自分の英語力では到底無理と思っていた部分もあったでしょうし、そもそも自分の知っている範囲の人でそういう人生を歩んでいる人がほぼいなかったので、選択肢にすら入ってませんでした。

その後、自分から行きたいと思い実際来てみて思うことは、あの時想像していたよりもずっと近かったということです。少し自分の殻を広げて外の世界を見てみれば、意外と近くの人が同じように働いていて、そんなに遠いものでもないんだなぁと感じたことが、大きく背中を押してくれたことは確かでした。

一方で、これぐらいは簡単だろと思ってたのが、実際近づいてみたら遥か遠く自分の手が届くとは思えないものだったということもあります。修士号取るくらい普通に生活してたらできるだろうと思ってましたが、このザマです。

上記は一例に過ぎなくて、まとめると、世の中生き方なんて無限大にあること、自分に向いてるのが何なのかということに全然気づいてなかったわけですね。

もしももっと早く自分の心に気づいていれば、それに向けてじっくりと時間をかけることができたのに、と思うと、どうして自分が気づくことができなかったのか、どうすればよかったのか、ということを人生のふとしたタイミングでいつも考えさせられます。(それが僕が教育に興味を持っている理由の一つだったりもします。)

リアリティを持つこと

自分の場合、身近な人が院を出て就職して〜という道を辿っていたので、漠然と自分もそうするんだろうと思ってました。しかし、その道についてどういう苦労があるのかとか実際聞いたりとかあんまりしてなくて、振り返ってみると全然リアリティを持ってませんでした。もちろん、アメリカで働くのに何が必要なのかということについても「英語がしゃべれないといけないのでは?」くらいしか実感してなくて、じゃあどういう会社や職種があるのかとか、何一つ知らなかったわけです。

たくさんリアリティを突きつけることで他の道を選ぶ学生が出てくることを目標にしたい。 きっと気付きは早ければ早いほど良い。

高専カンファレンスに来ないような人達に思う – ryopekoの日記

これは一つの効果があるやり方だと僕も思います。誰にどのリアリティが合うかなんて、その人自身ですらわからないんだから数ぶつけてみるしかない。もしロールモデルになるような出会いがあれば最高ですね。

行動力のある人は自分でリアリティにどんどんぶつかっていってて、早いうちに色々気づいている気がします。でも僕みたいに全然動けない人は最初はぶつけてもらってから気づく方が効率がいいんですよね。僕の場合は「卒業できない」という現実をつきつけられて初めて気づいたわけです。

大人を送り込むことだけがリアリティを見せる方法ではないとは思います。同年代や下の人からの刺激もアリでしょうし、僕の場合は特に本との出会いが大きかったです。本の場合、既にこの世にいない人からもリアリティをつきつけられます。アニメを始めとしたストーリーも僕には重要でした。そういえば、「アニメを作っている人」というリアリティをちゃんと認識したのもあれ以来でしたね。

何ができるのか

たくさんのリアリティに自然とぶつかるには、それなりのリアリティにぶつかった経験が必要かなと思います。僕の場合も一度始まってしまえば連鎖反応的にいろんなリアリティにぶつかり始めました。

つまりスタート地点が無理ゲー。アメリカに来て特に思いますが、世の中これ多いですね。英語を伸ばすには海外で仕事するのが効果的だが、海外で仕事するには英語がそれなりにできないといけない、みたいな(あとクレジットヒストリーとか)。

こういうのはどっかでチートが必要なのかなと最近は思ってます。自然にしていたら変わらない。チートは能動でも受動でもかまわないんですが、なにかきっかけが必要で、受動的なきっかけを起こしてあげるには誰かが頑張ってあげる必要があるわけです。そこに僕も何か貢献できればいいなぁと、長いスパンで考えてはいます。

おわりに

高専カンファレンスすごく参加したいんですよね。中学出たあとの選択肢の一つでした、高専。なんであの時高専を選ばなかったのか、という思いは無くはないですが、詳細は長いので割愛。

こんなことを時折考えながら、日々頑張って生きております:D